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最高裁判所大法廷 昭和31年(あ)3636号 判決 1961年12月20日

判  決

本籍

栃木県芳賀郡真岡町大字台町四一九五番地

住居

東京都中央区築地一丁目七番地の五

無職 松本三益

明治三七年二月二〇日生

右の者に対する団体等規正令違反被告事件について、昭和三一年七月一六日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から上告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

本件は、犯罪後の法令により刑が廃止されたときにあたるものとして被告人に対し免訴の言渡をするを相当とする。されば原判決は結局正当なるに帰し、検察官の上告趣意は理由がない。

よつて刑訴四一四条、三九六条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官斎藤悠輔、同入江俊郎、同池田克、同下飯坂潤夫、同高木常七及び同石坂修一の反対意見を除く外、その余の裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官藤田八郎及び同高橋潔の意見は次のとおりである。

本件公訴事実は、被告人は昭和二五年七月三日法務総裁から団体等規正令(以下団規令と略称する)一〇条の規定により同月四日午前一〇時に、若し不能の節はできる限り速やかに法務府特別審査局に出頭すべき旨を要求され、同月八日頃までには右出頭要求のなされたことを了知したにかかわらず、その頃右出頭要求に応じなかつたものであるというのであつて、平和条約発効後である同二八年六月四日、同令一〇条一項、三項、一三条三号、昭和二七年法律八一号ならびに破壊活動防止法附則二項、三項の規定により起訴されたものである。

そもそも団規令の立法目的は、同令一条の明定するとおり、政治団体の公開、違法団体の禁止解散等の行政上の目的とともに、同令二条各号に掲げる行為を犯罪として規定し、同三条において個人のかかる犯罪をおかすことを禁止する刑事法上の目的をも有するものである。すなわち同令二条各号、三条はその罰則たる一三条の規定と相待つて実体的刑罰法規を形成するものであり、同令はかかる個人の犯罪防止をも主要の目的とする法規であることは同令一条の規定から明白である。

そして同令一〇条は「法務総裁は、この政令の条項が遵守されているかどうかを確かめるため必要な調査を行うものとする」と規定する。この調査がただ単に同令の目的とする行政上の調査のみならず、またともに同令の目的とされている犯罪防止のための調査をも含むものであることは一条掲示の同令の目的からみて明瞭である。従つてこの調査は専ら行政上の目的のための調査であるとする検察官の意見、また、この調査の対象はもつぱら同令所定の犯罪事実の有無の究明に存するとする原判決の判断はいずれもその一方に偏し楯の片面のみを見るものであつてあやまりである。

しかし同令は行政官庁である法務総裁に犯罪調査の権限をも与えた点において、他の麻薬取締法、各種税法その他の行政上の取締法規と著しく異るのである。これら取締法規においては、取締官たる行政官に対してはもつぱら行政上の調査権のみを与えて犯罪捜査の権限を与えていない。麻薬取締法五三条三項、国税徴収法一四七条二項は、とくにこのことを明定しているのであるが、他の取締法規に同様の規定を置くとおかぬとにかかわらず、これら取締法規においては行政官が犯罪捜査のために被疑者について調査することは許されないのである。

そして本件公訴にかかる被告人に対する出頭命令一〇条の調査権にもとづいて法務総裁の発したものであり、しかも右はもつぱら被告人に同令違反の犯罪行為ありや否やの究明のため即ち犯罪捜査の目的のために為されたものであることは原判決が本件証拠にもとづいて確定した事実である。(検察官の原判決の右事実認定を争う論旨は結局原判決の事実誤認を主張するに帰着し、上告適法の理由とならない。また、かかる犯罪捜査のための出頭命令も同令一〇条のみとめる調査権の範囲に属することは前叙のとおりであるから、かかる出頭命令は同令のみとめないところであるが故に無効であるとの論もまた採ることを得ない。)

しかし、かかる法務総裁の犯罪捜査のための出頭命令に違反して出頭しなかつた行為に対し同令一三条の罰則を適用して処罰することは憲法に違反するものである。

犯罪捜査の権限ある検察官の犯罪捜査のためにする出頭命令に対して、被疑者は出頭拒否の権を有することは刑訴一九八条一項但書の規定するところである。そして刑訴法のこの規定は憲法三八条、三三条、三一条にもとづくものである。憲法三八条一項は「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と規定する。犯罪の被疑者に対し、犯罪捜査の官憲が出頭を求めることは被疑者に対し被疑事実たる犯罪に関する供述を求めるがためであることはいうまでもない。かかる出頭を強要することは憲法三八条一項の法意に反することはあきらかである。憲法三三条は何人も権限を有する司法官憲の発する令状によらなければ逮捕されないことを規定する。同条は逮捕に関する規定であるけれども、犯罪捜査の必要上人の身体の自由を拘束するには必ず司法官憲の判断の介入を必要とする趣旨を含有するものであつて、これなくして犯罪捜査のための出頭を強要することの同条の法意にもとるものであることもいうまでもない。従つて被疑者に対する捜査官憲の出頭命令であるかぎりこれを強要することは右憲法の条項に違反するものであり、かかる強要を許す規定は憲法三一条の趣意に違反するものであること明瞭である。さればこそ、刑訴一九八条一項但書は、被疑者に対する捜査官憲の出頭要求に対しては被疑者はその出頭を拒み得ることを規定しているのであつて、前示憲法の諸規定にもとづくものである。

団規令一〇条は「この政令の条項が遵守されているかどうかを確かめるため、必要な調査をするについて、必要があるときは」被疑者に対しても出頭を求め得べきことを規定し、同令一三条は右出頭命令に応じないものに対しては一〇年以下の懲役又は禁錮又は七万五千円以下の罰金に処することができる旨を規定する。捜査官憲たる検察官、警察職員の出頭命令に対してさえ被疑者はその出頭を拒否し得ることは、前叙のごとく憲法の要請にもとづく刑訴規定の明定するところであるにかかわらず、捜査官憲でもない単なる行政官庁に過ぎない法務総裁の犯罪捜査のための出頭命令について、かかる法外の刑罰をもつてこれが遵守を強要することの憲法違反であることはもはや多言を要せずしてあきらかである。そして本件出頭命令がもつぱら被疑者に対する犯罪捜査を目的とするものであること前叙のとおりである以上、この命令違反の事実に対して同令の罰則を適用して被告人を処罰することは憲法に照して許されないところである。

ただ、団規令は昭和二〇年勅令五四二号「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基き制定されたいわゆるポツダム政令であつて、連合国による占領期間中すなわち平和条約発効前においては、日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有していたものであり、(昭和二四年(れ)第六八五号、同二八年四月八日大法廷判決、昭和二七年(あ)第二八六八号、同二八年七月二二日大法廷判決各参照)また、団規令にもとづく出頭命令の有効無効のごときは占領下における日本の裁判所の審査の権限外にあつたのであり、(昭和二六年(あ)第二三五七号、同二七年四月九日大法廷判決参照)本件出頭命令は昭和二五年七月三日に発せられ、本件公訴は同月八日頃の右命令違反の事実についてなされたものであるから、本件行為当時を基準として勘案するにおいては、裁判所としては本件公訴事実は同令違反の犯罪を構成するものとするの外なかつたものであるが、平和克復後の今日においては本件公訴事実を団規令一三条によつて処罰することは憲法達反であり、すなわち裁判時たる現在を基準として勘案するかぎり、本件公訴事実は同令違反の犯罪を構成しないものと云わざるを得ない。このことは昭和二七年法律八一号ならびに破壊活動防止法附則二項、三項の規定にかかわりないこともあきらかである。

しからば、本件について「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき」に該当するものとして刑訴三三七条二号を適用して被告人を免訴した原判決はその結論において正当であり、(昭和二七年(あ)第二八六八号、同二八年七月二二日大法廷判決参照)如上と見解を異にする上告論旨はすべてとることができない。

裁判官河村又介の意見は次のとおりである。

私は、団規令一〇条三項及び一三条三号の規定は、犯罪捜査のための出頭を重き刑罰によつて強制することを許す限りにおいて、平和条約発効後は違憲無効となつたものと考える。従つて本件はまさに犯罪後の法令により刑の廃止があつた場合にあたるものと信ずる。その理由は藤田裁判官及び高橋裁判官の意見に示されているとおりである。同意見中「この命令違反の事実に対して同令の罰則を適用して被告人を処罰することは憲法に照して許されないところである」とあるのは、上述のように罰則の一部面が無効になつた、という趣旨に帰するものと解して私はこれに賛同する。

裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。

一、刑事手続において基本的人権の保障に特段の尊重を払う憲法の下においては、被疑者に対する犯罪事実の有無の取調は、特に憲法に認められた場合を除いて、任意取調を原則とするものと解すべきである。すなわち、被疑者の身柄を拘束して取調をなし得るのは、憲法三三条により現行犯の場合を除いては司法官憲の発する令状により適法に逮捕又は勾留された場合に限り許されるものであり、また、その取調については憲法三八条により自己に不利益な供述を強要されないのである。

然るに、犯罪の取調をするについて、被疑者に出頭義務、説明義務、資料提出義務を科し、これに応じないときは体刑による刑罰を科するが如き制度を設けることは、取調機関が未だ当該被疑事実につき疑うに足りる相当な理由が存在しないため令状を求めることができない場合でも、出頭要求に応じないという新たなる犯罪事実について令状を求めて被疑者を逮捕又は勾留することにより、その出頭を強制し、延いて当該被疑事実につき令状なくして強制取調を行い得ることになり、更に、説明、資料提出の要求を拒否すればその不応罪として刑罰を以つてこれを強制し得ることになり、前記憲法三三条、三八条の人権の保障は全く没却されることになる。従つて、かかる間接強制による犯罪の取調は憲法上許されないものと解すべきである。

さればこそ、刑訴一九八条一項但書は被疑者に出頭拒否権を認め、同条二項、三一一条一項は黙否権、供述拒否権を認めているのであつて、若し反対に刑訴法が被疑者に出頭義務、供述義務を定め、これに応じないときは体刑による刑罰を科して、これを強制するが如き規定を設けたとしたら、その違憲なることは何人も疑を容れないところであろう。

そして、右の如く被疑者に対する犯罪の取調に関し、出頭義務、供述義務を定め、これに応じないときは、不応罪として体刑による刑罰を科し以つてこれを強制することの憲法上許されざることは、独り、所謂犯罪捜査機関による犯罪取調の場合に限らず、行政機関が犯罪事実の有無を調査する場合においても、苟も犯罪告発の義務を有する国家機関が被疑者に対し犯罪事実の取調を行う場合においても、また同様に解しなければならない。(もつとも、所謂捜査機関以外の機関による取調の場合は不出頭罪につき自ら直接令状を請求して被疑者を逮捕することはできないのであるが、これを告発することにより間接に出頭を強制することができるのである。)けだし憲法が自己に不利益な供述を強要されないとしているのは所謂捜査機関又は裁判官による取調の場合に制限すべきものと解すべき根拠はなく、苟も刑事訴追を受ける虞れのある供述を強制されないことを保障したものであり、従つてその前提たる出頭要求についてもその要求者の何人たるかを問わず苟もその出頭につき直接身柄の拘束は勿論、間接に体刑による刑罰によつてこれを強制して犯罪の取調をなすことは憲法の原則として禁ずるところであると解すべきであるからである。

以上の如く犯罪事実の有無につき被疑者に対し取調を行うにつきその出頭及び供述を体刑による刑罰により間接に強制することの許されざることは独りその取調が所謂捜査機関等の刑事関係官憲により行われる場合に限らず、犯罪告発の義務を負う国家官憲により行われる場合もまた同様に解すべきであるが、一般行政法令において行政目的を達成するための手段として附随的に調査の制度を設け、その調査に応じない者につき行政秩序罰として軽微な制裁を科するような場合は前述の意味における強制による犯罪の取調とはいえないのみならず、行政目的の達成という公共の福祉の要請のために人権の保障もある程度制約を受けることも合理的なものとして是認せらるべき場合には必ずしも違憲とはいえない。

二、団規令の立法目的は、政治団体の公開、違法団体の禁止、個人の違法行為の禁止の三点にあるのであるが、その主眼とするところは同令二条各号に掲げる行為を犯罪として禁止し、かかる行為を目的とする団体を禁止、解散せしめると同時にかかる解散団体の関係者を公職から除去するにある。そのために法務総裁は必要な調査を行い、必要があるときは関係者の出頭を求め、説明を聴取し、資料等の提出を求めることができることとし、これに応じない者は同令一三条により一〇年以下の懲役又は禁錮等に処することを規定しているのである。すなわち、右法務総裁の調査の対象は、団体に関してはその団体が同令二条に該当する団体又は同条各号の一に該当する行為をした団体であるか否かであり、個人に関しては同令により刑罰の対象となつている同令二条等の違反行為即ち同令違反の犯罪の有無の調査究明にあることは極めて明らかである。従つて、右法務総裁の調査は個人に関する限り同令違反の犯罪の有無の調査究明が主たる目的であり、その調査のための出頭要求、説明要求、資料提出要求に応じない者に対し一〇年以下の懲役又は禁錮等の刑罰を以つてその取調に応ずべきことを間接に強制しておるのである。これは他の一般行政法令の如く行政目的達成のための手段として附随的に認められている調査制度及びこれに伴う行政秩序罰による軽微なる制裁の制度とは著しくその性格を異にしているものである。

右の如く、同令による調査が法務総裁という行政機関により行われ、調査の結果団体の解散、関係者の公職よりの除去等の行政措置をも行うものとしても、個人に対する調査が主としてその犯罪行為の有無の調査であり、その結果犯罪ありと思料すれば告発しなければならない義務を負う国家官憲による調査であり、しかもその調査のための出頭要求に応じないときは一〇年以下の体刑による刑罰等によつてこれを強制する制度であるから、前述の趣旨により憲法三三条、三八条、三一条に違反するものと断ぜざるを得ない。破防法において団規令一〇条三項、一三条三項の如き出頭要求及び不出頭罪の規定を設けていない所以もここにあると推察する。

三、団規令は連合国の占領期間中は、憲法の規定にかかわらず同令内容の全面に亘り有効であつたのであるが、昭和二七年四月二八日平和条約発効と同時に当然その全面に亘り失効したとみるべきではなく、規定の内容を個々的に検討し、憲法に適合する限度においてなお効力を持続し、憲法に違反する部分に限り、昭和二七年法律八一号二項の規定にかかわらず、平和条約発効と同時に当然失効したものと解すべきであるが、同令一三条に規定する同令一〇条三項の規定により出頭を求められて、これに応じない者を一〇年以下の懲役又は禁錮等に処する旨の同令一三条三号の罰則規定は憲法に違反するものであること前述のとおりであるから、団規令中右の部分は平和条約発効と同時に、既に失効したものであり、昭和二七年法律八一号二項及び昭和二七年七月二一日施行破防法附則三項によつてもその効力を持続せしめ得ないものである。それ故本件公訴事実については刑訴四〇四条、三三七条二号により被告人を免訴した原判決は正当であつて、本件上告はこれと異なる独自の見解に立脚する所論であつて採用するを得ない。

裁判官河村大助の意見は次のとおりである。

団体等規正令(以下団規令と略称する)の目的とするところは単に政治団体の公開、違法団体の禁止であるばかりでなく、団体に関連のない個人の違法行為自体の禁止をも立法の重要な目的の一つとしていることは同令一条、三条等の諸規定に徴し明らかなところであり、又同令一〇条一項の法務総裁の行う調査の目的が同令の各条項が遵守されているかどうかを確かめること、その調査が個人たると団体たるとを問わず同令に定める禁止事項又は命令事項に違反することがないかどうかを確かめることに存することも同令の規定により明らかなところである。即ち右団規令によれば同令二条所定の団体を結成し又は指導すること(二条)並びに同令二条各号の一に該当する行為をすること(三条)が禁止せられ、又政治団体の代表者等が所定の届出をなすこと(六条、七条)政治団体の代表者等が機関誌紙を提出すること(九条)並びに同令一一条一項に該当する者が公職より退職すること(一二条)が命ぜられているのであつて、法務総裁の調査は右各禁止事項又は命令事項に違反することがないかどうかを確かめるために行われるものであるところ、右各事項中機関誌紙の提出(九条)を除いては、すべてその違反行為は同令一三条により一〇年以下の懲役又は禁錮或は情状により七五、〇〇〇円以下の罰金という刑罰の対象となるものであるから、法務総裁の前記調査活動は刑罰の対象となる違反行為の有無の究明に向けられているということができる。偶々右調査により違反事実の存在を認定した結果団体の解散等の措置をとること等により同令一条所定の目的達成に資することがあるとしても、それは調査の事後処分であつて、同令一〇条一項自体の調査の目的は違反事実の有無の究明そのものに他ならず、他の行政法規において、行政調査の目的のため、その補助的手段として行われる出頭要求や質問とは別異のものといわなければならない。のみならず、諸般の行政法規における調査制度においては、調査に応じないものに対する制裁は当該行政法規に定められた実質犯の法定刑に比し著しく軽く定められているのを一般とするにかかわらず、団規令においては、出頭義務違反に対する制裁と同令二条、三条所定の犯罪に対する制裁とは共に一〇年以下の懲役又は禁錮などという極めて峻厳な刑罰を課するところから見ても、同令の調査制度と他の行政法規の調査制度とは全く性格を異にするものであることが看取できるのである。

以上説示のごとく団規令一〇条一項の法務総裁の行う調査は個人に対する違反事実の有無の調査をも目的とするものであるところ、本件につき原判決の認定するところによれば「被告人に対する本件出頭要求にかかる調査の目的が被告人の右政令第二条第七号、第三条達反の罪(暴力主義的行為の禁止に反する罪)及び第六条第二号違反の罪(政治団体の届出をしない罪)等の専ら被告人の犯罪事実の有無の究明のためのものであつた」というのである。そして前記のごとく団規令は個人の違法行為の禁止をも重要な目的事項の一としているものであるから、その違反事実の有無の調査は、その結果違反事実が確認された場合は通常告発の手続をなすことが当初より予定されて行われるものというべく、従つて同令一〇条一項の調査が違反事実の有無の究明である限り、実質的には犯罪の捜査活動に他ならないものというべきであるから、犯罪容疑者の人権尊重の建前からこれを捜査機関の行う捜査活動と別異に扱うべき理由は存しないのである。そこで、同令一〇条三項による法務総裁の出頭要求に応じない者に対し一〇年以下の懲役又は禁錮或は情状により七五、〇〇〇円以下の罰金の刑罰制裁を課し、以て容疑者に対して間接に出頭を強制するところの同令一三条三号の規定が平和条約発効後は憲法三一条及び三三条に違反するかどうかを審究する。憲法三三条によれば被疑者は現行犯として逮捕されるか或は令状によつて逮捕される以外には、出頭を強制されないことを保障されているものであつて、刑訴一九八条一項但書の「被疑者は逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後何時でも退去することができる」との規定も原判決説示のごとく前記憲法の要請に応えて設定されたものと解すべく、従つて出頭要求に応じなければ刑罰を課することによつて、間接に出頭を強制することを目的とする前記刑罰規定は、身体的自由の拘束に対して厳格な制限を設けた前記憲法の法意に反するものといわなければならない。また、憲法三一条が、米連邦憲法修正五条の適法手続の規定の影響の下に成立した沿革と、人権保障を強く標榜する新憲法において、人権の制限、剥奪には合理的根拠を必要とする法の精神とに照らし、同条の「法律の定める手続」とは「法律の正当な手続」の保障すなわち、適正条項の要請をも含むものと解するを相当とするから、前記のごとく犯罪取調のため出頭を強制する、不合理な重い刑罰規定は同条の法意にも反するものといわなければならない。

されば団規令一〇条三項に基く出頭要求に応じない者に対し刑罰を課することを定めた同令一三条三号の規定並びにこれが効力を維持すべく規定した昭和二七年法律八一号及び同年法律二四〇号附則三項の規定は右の限度において違憲無効のものといわなければならない。

しかして、団規令は昭和二〇年勅令五四二号「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基き制定されたいわゆるポツダム政令であつて連合国による占領期間中すなわち平和条約発行前においては日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有していたものであるが(勅令五四二号につき昭和二四年(れ)第六八五号同二八年四月八日大法廷判決、刑集七巻四号七七五頁以下)平和条約発効後は前記説示のごとく昭和二七年法律八一号及び同年法律二四〇号の規定にかかわらず、同令中憲法に反する前記条項は平和条的の発効と同時にその効力を失つたものというべく、従つて右時期において刑の廃止があつたものとして、本件公訴事実につき刑訴三三七条二号により被告人を免訴した原判決は正当であり、叙上と反する見地に立つて原判決を非難する所論は凡て採用できない。

裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。

一、何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われないとする憲法三一条の規定、並びに、何人も現行犯以外は裁判官の発する令状によらなくては、逮捕されないとする憲法三三条の規定、及び何人も同条の場合以外は裁判官の発する令状によらなければ、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることがないとする憲法三五条の規定は、単に、刑事手続において行われる人体の自由の拘束、住居及び書類、所持品等の安全の保障等諸種の自由の制限についての保障規定たるにとどまらず、所謂行政機関によつて行われる所謂行政調査手続等についてもこれが適用、少くとも準用あるものと解するを相当とする。けだし、所謂刑事手続上の捜索又は、行政機関による調査を受ける側の立場からすれば、それが、捜査機関による捜索であると、行政機関による調査のためなるとを問わず、裁判官の発する令状によらずして、(憲法三三条の場合を除き)勝手に逮捕され又は所有物を押収される等のことは、両者の区別なく、共に許されざるものと言うべく、その根拠はこの憲法のこれらの条章によるものと解せざるを得ないからである。

二、しこうして、刑事手続において、仮に、被疑者に出頭義務、資料提出義務を課し、これに応じないときは刑罰に処するが如き制度を設けることは、裁判官の発する令状によらずして、刑罰を以てその出頭、資料提出方を強要せんとするもので、日本国憲法が、その三三条、三五条等で企図している裁判官の判断によつてのみ、人権の侵害を防止せんとする趣旨を全く没却するものであるから、その違憲であることは論をまたないところと言うべきである。

三、しこうして、この理は所謂行政調査についても同様に解されなくてはならない。もつとも、行政調査の場合には、調査の目的のため、関係人に出頭を求め、又は帳簿の提出を求め、或は説明義務を課することを得ることは勿論であるが、これ等は言うまでもなく行政調査の目的の範囲内において許されているのであるから、これ等の義務に違反したる場合における制裁は、あくまで行政秩序罰以上に出ることを許されないと解する。けだし、何人をしてもその位の制裁であるならば、所謂行政経済の立場から、国民として甘受しなければならぬと解し得るからである。従つて、これ等行政上の前示出頭義務、説明義務等につき、これが違反者に対する制裁として、行謂行政秩序罰(罰金刑、若しくは軽微なる懲役、禁錮刑を標準とする)以上の刑を課することとすることは、刑罰を以つて、これ等出頭義務等を強要することとなり、憲法が、あくまで、基本的人権侵害の保障を、裁判官の判断によらしめんとしている趣旨を没却するものであり、その許されざるは言うまでもない。

四、以上を前提として本件をみるに、団体等規正令(以下団規令と言う)一〇条三項は、法務総裁又は都道府県知事は、団規令の立法目的を達する為め、同二条所定の各禁止事項等が遵守されているかどうかを確かめる為め必要なる調査を行うことができ、その為め、関係者の出頭を求め、又は、資料その他の物件の提出を求めることができるとし、同一三条三号において右出頭、説明、又は資料その他の物件の提出を求めて、これに応じなかつたものに対しては、一〇年以下の懲役又は禁錮、若しくは七万五千円以下の罰金に処することができるとしているのである。本件は、右出頭義務違反事実を起訴しているのであるが、右出頭を求めたのが、行政調査上の出頭を求めたものであるとしても、(原判決は、実質は、犯罪捜査の為めに出頭を求めたと認定している)その違反の制裁が、長期一〇年以下の懲役又は禁錮の刑を以つて処罰され得ることとなつているので、これは、明らかに、行政秩序罰以上の刑に該当するものであるから、前段一、二、三項で説明した通り、その無効であることは論をまたない。

五、然し、団規令は、所謂ポツダム政令であるから、平和条約発効前においては、日本国憲法にかかわりなく、法的効力を存するものと言うべく(昭和二八年四月八日大法廷判決刑集七巻七七五頁以下)、その後は、同令中、憲法に違反する部分は、平和条的発効と同時にその効力を失つたものとしなくてはならない。従つて、右時期以後は、刑の廃止があつたものとして、本件公訴事実につき被告人を免訴した原判決は正当であり、叙上に反する見地に立つて原判決を非難する上告人の上告理由は総て理由なくこれを採用できない。

裁判官垂水克己の意見は次のとおりである。

私は、平和条約発効後は団規令一三条三号が違憲か否かを判断することができる、その判断をすると、同令は憲法三一条に違反するから、起訴状に示された被告人の昭和二五年中における同令違反の行為の後に同令は無効となり刑の廃止があつたことになるので免訴の原判決は相当である、というのである。

(一)  ポツダム命令(又は同政令)の連合国占領期間における憲法外効力「わが国がポツダダム宣言を受諾し降伏文に調印して連合国に対し無条件降伏をした結果、連合国最高司令官は降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる権限を有しこの限りにおいてわが国の統治の権限は連合国最高司令官の制限の下に置かれることとなつた(降伏文書八項)。また日本国民は同最高司令官により又はその指示に基き日本国政府の諸機関により課せられるすべての要求に応ずべきことが命令されている(同三項)。そして、わが国は、ポツダム宣言の条項を誠実に履行することを約するとともに、右宣言を実施するため同最高司令官又はその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の命令を発し且つ一切の措置をとることを約した(同六項)。さらに、日本の官庁職員及び日本国民は、最高司令官又は他の連合国官憲の発する一切の指示を誠実迅速に遵守すべきことが命ぜられており、指示不遵守に対しては連合国官憲及び日本政府は、厳重迅速な制裁を加えるものとされている(指令第一号附属一般命令第一号一二項)。それ故連合国の管理下にあつた当時にあつては、日本国の統治の権限は、一般には憲法によつて行われているが、最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる関係においては、その権力によつて制限を受ける法律状態におかれているのであつた。すなわち、最高司令官は、降伏条項を実施するためには、日本国憲法にかかわりなく法律上全く自由に自ら適当と認める措置をとり、日本官庁の職員に対し指令を発してこれを遵守実施させることを得たのである。かかる基本関係に基き昭和二〇年勅令五四二号、すなわち「政府ハポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ連合国最高司令官ノ為ス要求に係ル事項ヲ実施スル為、特ニ必要アル場合に於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ為シ及必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得」という緊急勅令が昭和二〇年九月二〇日に制定された。この勅令は前記基本関係に基き、同最高司令官のなす要求に係る事項を実施する必要上制定されたのであるから日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有するものと認めなければならない。」このことは大法廷判決のいうとおりである(昭和二七年(あ)二八六八号同二八年七月二二日言渡)。

(二)  平和条約発効後における団規令に関する経過的法律 団規令は右昭和二〇年勅令五四二号に基き制定されたいわゆるポツダム命令であるところ、昭和二七年四月二八日日本国との平和条約がその効力を発生し日本国と平和条約を締結批准した各連合国との間の戦争状態が終了し連合国の占領が撤廃されわが国が独立国家の地位を回復したのに伴い、昭和二七年法律八一号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律」(平和条約発効の日である昭和二七年四月二八日施行)二項は右昭和二〇年勅令五四二号に基く命令は、別に法律で廃止又は存続に関する措置がなされない場合においては、この法律施行(平和条約発効)の日から一八〇日間に限り、法律としての効力を有するものと規定し、これによつて団規令もまた右一八〇日間に限り法律としての効力を持つものとされた。

すなわち、団規令はポツダム政令の一として平和条約発効前には憲法にかかわりなく法的効力を持つていたが右昭和二七年法律八一号二項により平和条約発効の日から一八〇日間は法律としての効力を是認延長された。これは団規令のすべての条項をその文言のまま採り入れて引き続き一八〇日間存続させるという立法であるとも見られる。次に、破壊活動防止法が昭和二七年七月二一日公布即日施行され、同法附則二項一号によれば団規令は同法施行と同時に廃止されることになつた。破壊活動防止法には団規令一三条三号のような規定はない。若しこの点だけからいうなら、これによつて団規令の施行されていた当時同令罰則に違反した行為については、破壊活動防止法の施行によつて刑(罰則)の廃止があつたものとして免訴の判決をすべきだともいえようが、しかし、破壊活動防止法附則三項は、同法施行前にした行為に対する団規令の罰則の適用についてはなお従前の例によるものと定めている。すなわち連合国占領期間中における団規令違反の行為については右附則三項の立法をもつて破壊活動防止施行後の今日においてもなお団規令の罰則は廃止されずその適用があるとするのである。これは何ら廃止した団規令の罰則を復活させる事後立法だとはいえない。起訴にかかる昭和二五年中における被告人の出頭要求不応行為のような行為は行為当時憲法にかかわりなく刑法的効力のあつた団規令に違反していたのであるから何ら実行の時に適法であつた行為」(憲法三九条)について刑責を負わせるものではないからである。

私は団規令はポツダム政令なるが故に占領の終了により当然に法的効力を失うものとは考えない。国会は平和条約発効の日から新しい法律でポツダム政令を廃止することもできるが、平和条約発効後も法律として存続させることもできるので、昭和二七年法律八一号二項の立法により平和条約発効の日以後もなおポツダム政令である団規令の条項の効力を存続させることとしたのである。ただかような場合、団規令は平和条約発効後にはその内容が違憲であるか否かの問題は当然判断されなければならないのであつて、これは個々の条項について改めて検討されねばならない。

(三)  刑の廃止があつたか否かが先決問題 被告人に対する公訴事実は、「被告人は昭和二五年七月三日法務総裁から翌四日以後速やかに法務府特別審査局に出頭すべく要求されこれを了知したにも拘らずその頃右出頭要求に応じなかつたものである」というのであつて起訴状記載の罰条は団規令一三条三号、一〇条三項、一項、昭和二七年法律八一号、破壊活動防止法附則二項、三項であるところ、一審判決は「右出頭要求はその目的、根拠からいつて違憲無効であるから被告人は出頭要求を了知しながら出頭しなかつたが右不出頭は同令一三条三号、一〇条三項の罪に当らない。」として無罪を言渡した。

検察官の控訴趣意は事実誤認の主張であつたが、原審は正当にも「右公訴事実につき検察官主張の犯罪の成立が認められるや否やの判断をするには、先ず団規令の罰条が憲法に適合するや否やの検討を経ねばならない。」とし、職権をもつて右罰条が違憲であると判示し、(尤も一審判決の事実認定を是認した点は了解しかねる)本件公訴事実については被告人は刑訴三三七条二号により免訴されるべきであるとした。かように、本件では起訴状記載の罰条が合憲なりや否やの判断が先決問題である。

けだし、刑訴三三七条二号が「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき」は「判決で免訴の言渡をしなければならない」という。免訴の判決とは何か。行為時刑法によれば犯罪となる行為であつても、行為後に刑(刑罰規定)が廃止されたときは、その行為については、永久に公訴を免じ、お構いなしとする、従つてたとえ起訴状記載の行為があつたとしても最早や公訴は免ぜられ、公訴権(実体的裁判請求権)はなくなるのだから、裁判所としてはこれについて公訴事実の存否、有罪か無罪かの実体裁判に立ち入ることなく被告人は公訴を免ぜられるという意味の判決をすべきである、ということである(昭和二二年(れ)七三号同年五月二六日大法廷判決、集二巻六号五三四頁を見よ)。従つて一、二審において本件出頭要求が違憲であるとした理由たる事実の認定は違法のものであつて確定力を生じない。当審としてもこれを判決の基礎とすることはできない。

(四)  憲法三一条にいう「法律の定める手続」これは「合理適正な法定手続」すなわち「適法手続」の意味である。そして、刑罰を科する手続においては実体刑法に準拠しこれを適用して刑罰を科すべきや否やの判断をするのであるから、実体刑法もまた合理適正なものでなければならない。万一、刑法で正当防衛を認めなかつたりあるいは心神喪失者や九才の児童に犯罪責任能力があるとしたり、詐欺罪の刑として全財産の没収を定めたり、軽微な犯罪に三年以上の懲役刑を定めたりすればその背理不適正なことは何人にも明らかであろう。刑法が「犯罪」と「刑罰」を規定するに当つては条理ないし正義に反しないことの制約がある、法律をもつてするなら如何なる行為をも「犯罪」とし、「犯罪」に対しては死刑その他如何なる「刑罰」を科してもよい訳ではない、という趣旨が憲法三一条に含まれているのである。「犯罪」がかようなものだとすれば、それは基本的人権、自由ないし公共の福祉の重大な侵害である、それゆえまた「刑罰」として生命その他の法益の剥奪を憲法は是認するのである、といえる。

憲法三三条、三五条は「犯罪」の嫌疑があるなら(他の違法行為の嫌疑でなく犯罪の嫌疑であればこそ)、現行犯の場合には逮捕その他の強制処分、一般の場合には裁判官の令状による逮捕、押収その他の強制処分を是認するのであり、刑訴の勾留も「犯罪」の嫌疑ある場合に法定の要件が具備するときは令状によつて許されるのであるから、その法律上の要件が適正な限り適法手続を定めたものといえよう(このことは憲法三四条の「何人も、正当な理由がなければ拘禁されず」とする趣旨にも一脈相通ずるものがある)。

(五)  団規令一三条三号は憲法三一条に違反する 私がこの結論に到達した理由は次のとおりである。

(1)  法務総裁の行う調査には違憲又は違憲に近い妥当でないものが含まれている。

団規令一三条三号は法務総裁の出頭要求(又は説明や資料、物件提出の要求)に応じない行為を犯罪とする。では出頭等の要求は如何なる事項に関するものかというに、「団規令が遵守されているかどうかを確かめるための必要な調査」(一〇条一項、二項)に関するものである。

しかるに(イ)団規令二条は、団体が、日本国内において外国人を貿易、商業又は職業の従事から排除し(四号)又は、日本国と諸外国との間の自由な文化及び学術の交流に対して反対し(五号)又はこれらを目的として結成したときは、四条による法務総裁の指定により団体は解散する。(団体とその代表者等とは一五条により両罰される。)また個人が右のような各行為をしたときは一三条一号、三条により処罰される。右二条四号、五号は外国人の職業従事を排除し、すべての外国との文化学術交流に反対する偏狭な言論を禁ずるのであるが、連合国占領当時わが国の急速な民主化達成を必要とした時代にその最高司令官の指示に基いてならば格別、平和条約発効後の今日にあつては、別段暴行、脅迫を用うべきことをいわず単にかかる排除や反対の言論をするだけならばこれを禁止する団規令二条五号は憲法二一条に違反するものといわなければならない。(この規定が破壊活動防止法に見られないのは当然である。)(ロ)また、団規令六条は、団体が一、公職候補者を推せん又は支持し、二、政府又は地方公共団体の政策に影響を与える行為をなし、三、日本国と諸外国との関係に関し論議すること、以上の三のいずれかを目的としたとき又は行つたときは団体代表者等は届出をしなければならない、と規定する。右届出をしないときは代表者等は一三条二号により処罰され、団体は四条三号に従い法務総裁の指定により解散する(団体と代表者とは両罰される)。これらの規定は国民の政治、行政外交に関する単なる(平穏な目的、態様の)集会、結社、言論、出版の自由を規制するものであつて憲法二一条の精神に遠ざかり、妥当を欠くものといわなければならない。(この規定も破壊活動防止法にはない。)

(2)  法務総裁の行政調査と犯罪捜査的性質 法務総裁の調査は団規令の条項が遵守されているかどうかを確かめるためのものとされている(一〇条一項)。言い換えると遵守されているか違反されているかを確かめるためであり、遵守されていればそれでよく、違反されていれば法務総裁の解散や公職からの除去の指定という行政処分で違反事件は終局を告げることも少くない訳である。が、団規令二条、三条、六条、一〇条三項の違反、一四条の違反等は同時に犯罪とされているから、この場合は行政調査は違反容疑者又は第三者に対する捜査ともなりうるのであり、行政調査の結果得られた説明聴取書、資料、物件等(一〇条三項)は犯罪捜査資料、裁判上の証拠となりえないものとはいえまい。かように法務総裁の行政調査は犯罪捜査の性質や作用を伴うことが少くあるまいが、それでも、法務総裁に、行政調査のためのある程度の軽い罰則附出頭要求の権限を与える立法をしても直ちに違憲ということはできないであろう。

なるほど、検事長上告趣意第一点後段に挙示する麻薬取締法五三条(報告徴集、検査、立入、収去に応じないときは五万円以下の罰金)や、労働基準法一〇一条(臨検、書類提出要求、尋問、検診、収去に応じないときは五千円以下の罰金)や、失業保険法五〇条、五一条、五四条二号(報告文書提出要求、出頭命令、立入、質問、検査に応じないときは六月以下の懲役又は三万円以下の罰金)その他若干の法律には所論のような規定はあるけれども、所論の場合は、概ね、行政的調査、検査の範囲がおのずから限定されていて明らかであり、その出頭等の要求に応じないことに対し所定の軽い刑罰を科することは基本的人権、自由ないし公共の福祉の見地から合理正当とされるべきものといえるようなので、これらの規定を違憲ということはできまい。これらと団規令とは規定内容を異にし同日に論ずる訳にはいかない。

法務総裁の出頭要求はその形式が法定されていないので、本件の場合のもの(押収の証拠)のようになつても違法とはいえない。すなわち本件出頭要求は「団体等規正令による出頭要求書」と題し、「左記に関し説明を聴取したいから七月四日午前一〇時までに云々特別審査局第一課に出頭せられたい。」との本文の次に、記「一、団体等規正令に依る調査の為め。昭和二五年七月三日松本三益殿宛法務総裁」と書いた後に、(注意)として団規令一〇条、一三条三号の条文が載つている。大切な点は、具体的には如何なる事情の調査であるか、殊に、違憲な調査か否かは明らかにされていない、団規令もこれを明らかにすべき旨の規定を欠く。すなわち、出頭要求は前段(1)(イ)(ロ)に示した今日憲法上自由な外国人就職排除行為、文化学術交流反対行為や政治、行政、外交に関する言論、集会を調査するという憲法二一条に違反する調査のためのものであつても、それは要求書の面にはあらわれず、つねに、これに応じないときは厳罰に処せられることを免れない。かような要求書が送違又は了知されたこと、指定日時を過ぎても正当の事由なく本人が出頭しなかつたことだけが判明しさえすれば簡単に本人は起訴された上これに引続いて勾留される可能性もあることを勘定に入れると出頭要求の事実上の効果は相当強いといわねばならぬ。

(3)  結論 上述のように、(1)団規令上、法務総裁の行う調査の中には憲法二一条に違反するため調査してはならないもの又は調査を避けるべきようなものも若干含まれている。(2)法務総裁の調査できる事項は多岐広汎にわたり思想調査にまで立入ることなしとせず、従つて一般に、出頭要求なるものは違憲ないし不当な調査のためのものであることが相当ありうる。そしてこの違憲ないし不当な目的は隠れている。(3)しかるに、団規令一三条三号、一〇条三項は、団規令遵守義務者本人のみならず第三者に対してでも(法規上は調査事項を具体的に示すことを要せずして)裁判所、検察官、他の行政官憲も持たない出頭要求の強権を法務総裁ないし知事が持ち、ただの一回でも正当事由なく要求に応じないときは要求不応罪が成立しこれに対し本来の調査対象である団規令違反行為と同一の重刑(一〇年以下の懲役禁錮但し情状により七万五千円以下という過当の重刑)を科すべきものと定めるのであるから、団規令一三条三号、一〇条三項は到底背理不正な法律であつて憲法三一条に違反するものたるを免れない。

してみれば、平和条約発効の日から施行された昭和二七年法律八一号二項、団規令一三条三号、一〇条三項、破壊活動防止法附則二項、三項は違憲無効であつて被告人の行為当時法的効力のあつた団規令の右条項は平和条約発効の日から無効となり廃止されたものとなつた、すなわち本件公訴事実については犯罪後刑の廃止があつたものとして刑訴三三七条二号により免訴の言渡をしなければならないのである。よつてよつて原判決は私と理由は異るが結局相当であり検事長の上告趣意は理由がない。

裁判官横田喜三郎の意見は、つぎのとおりである。

一、行政調査そのものについて(上告理由第一、第二)

上告理由の第二は、団規令第一〇条に基く調査は、行政調査であつて、犯罪捜査ではないと主張する。この主張は正当である。団規令は、政治団体の内容を公開し、秘密的、軍国主義的等の団体の結成及び指導並びに団体及び個人のそのような行為を禁止することを目的とし(第一条)、そのような団体は法務総裁が解散することにし(第四条)、団規令の条項が遵守されているかどうかを確かめるために、法務総裁または都道府県知事は必要な調査を行なうものとしている(第一〇条)。これによつて明らかであるように、第一〇条に基く調査は、行政機関によつて政治団体の公開と違法団体の解散を実施するために行なわれるもので、その本来の性質は、行政上の調査であり、刑事上の犯罪捜査ではない。

右の調査において、団体に対する解散その他の措置(解散にかぎることなく、警告等の事実上の措置もとることができると解される)をとる目的のために、その団体の構成員としての個人の違反事実の有無の調査にも及ぶことは、この目的の下にそれに必要な限度で行なわれるかぎり、適法といわなければならない。団規令第二条は、そこに定められた目的と行為の団体を禁止し、第四条で法務総裁がこれを解散することとしているが、団体の行為は実際にはその構成員である個人の行為にほかならないから、団体の違反事実があるかどうかは、実際には団体の構成員である個人の違反事実があるかどうかに帰する。したがつて、ある団体に対する解散その他の措置をとるためには、その団体の構成員としての個人の違反事実の有無を調査するほかなく、この調査が右の措置をとる目的の下にそれに必要な限度において行なわれるかぎり、それは行政調査にほかならないものである。いやしくも個人の違反事実の有無を究明すれば、すべて刑事上の犯罪事実の有無の究明であるとか、刑事上の犯罪捜査にほかならないとするのは、正当といえない。

このことは、団規令のほかにも、多くの行政法令によつて、行政調査を行なうことが定められていることによつても明白である。各種の税法、労働組合法、健康保険法、麻薬取締法、火薬取締法、その他の多数の法令は、その条項の違反を処罰すると同時に、違反事実の有無を確かめるために、行政機関が調査を行なうこととしている。この調査を行なうためには、違反事実の有無を究明しなければならない。この究明は、行政機関がこれらの行政法令の実施の目的の下にそれに必要な限度において行なうかぎりは、行政調査であつて、刑事上の犯罪捜査ではない。団規令の場合にも、これと同じである。いやしくも個人の違反事実を究明すれば、すべて刑事上の犯罪捜査にほかならないとし、刑事捜査手続によらなければ、憲法違反になるとするならば、たんに理論上で行政調査と刑事捜査を混同するばかりでなく、実際上で現在非常に多数の法令によつて行なわれている行政調査をことごとく憲法違反とすることを要し、行政をほとんどまひさせるであろう。

二、行政調査に関する罰則について(上告理由第三)

上告人は、団規令第一三条第三号の罰則の法定刑がかならずしも重刑でなく、憲法に違反するものでないとする。その理由として、この法定刑が制定されたのは、民主的な国家社会の基本秩序を暴力によつて打倒しようとするものすら存在するから、国家の立法政策が本件の行政調査制度を重視したからであるとし、また、この法定刑は、長期と短期の間にきわめて広い量刑の範囲を認め、情状によつて罰金刑を選択することもできるとしている。

しかし、第一三条第三号は、調査のために出頭を求め、これに応じない者に対して、一〇年以下の懲役又は禁錮に処し、情状によつて七万五千円以下の罰金に処することを定めている。この法定刑は、団規令によつて禁止された犯罪行為を行なつた者に対してと全く同一である。このような犯罪行為は、たとえば、暗殺その他の暴力主義的企図によつて政策を変更し、又は暴力主義的方法を是認するような傾向を助長し、もしくは正当化することである。このように重大な犯罪行為に対しては、右の法定刑は相当といえる。しかし、たんに行政調査のために出頭を求められ、それに応じなかつたことに対して、右のような重大な犯罪行為に対すると同一の法定刑を課することは、明らかに失当といわなければならない。

このことは、他の行政法令に基く行政調査において、それに応じない者に対する罰則と比較すれば、きわめて明白である。右に挙げたような行政法令に基く行政調査では、違反行為に対する罰に比較して、行政調査に応じないことに対する罰は、はるかに軽い。前者が七年、五年又は三年以下の禁錮又は懲役もしくは五〇万円以下の罰金である場合に、後者はわずかに五万円以下の罰金であるのが普通である。団規令のように、違反行為そのものと行政調査に応じないこととに対して同一の刑を課し、しかも一〇年以下の禁錮または懲役に処するという重刑を課することは、まつたく例がない。

これほどの重刑をもつて行政調査のために出頭を強制することは、国民の基本的人権を侵害するものといわなければならない。出頭しなければ、一〇年以下の禁錮又は懲役に処せられうるとすれば、不可避的に出頭を強制されるのであつて、出頭するか否かを選択する自由は事実において存在しない。他の行政調査の場合には、それに応じなくても、普通に五万円以下の罰金に処せられるにすぎないから、かならずしも不可避的な強制ではなく、ある程度の選択の自由がある。行政調査については、それに応じることを強制する必要があるとしても、すくなくともある程度の選択の自由を残すのを相当とする。事実において選択の自由がないような強制は、あきらかに失当といわなければならない。もとより、第一三条第三号の法定刑には、長期と短期の間にきわめて広い量刑の範囲があり、情状によつて罰金刑を選択することもできる。しかし、このような長期の法定刑が定められているかぎり、事実において選択の自由はなく、不可避的に強制されるから、やはり失当な重刑であることを失わない。しかも、団規令によつて出頭を求められる者は、団体の関係者であつて(第一〇条第三項)、その範囲は広く、不明確でもある。この広い、不明確な関係者に対して、一〇年以下の禁錮または懲役という重刑をもつて出頭を強制することは、決して国民の自由を尊重するものといえない。

憲法第一三条は、自由に対する国民の権利については、公共の福祉に反しないかぎり、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とするとしている。団規令に基く行政調査のために、右のような重刑をもつて出頭を不可避的に強制し、選択の自由を残さないことは、自由に対する国民の権利について、立法の上で最大の尊重を払つたとはいえず、このような尊重を必要とする憲法の視定に違反するといわなければならない。出頭を求めることそのことは、公共の福祉のために必要であると認められるけれども、それに応じない者に対して、団規令に視定するような重刑を課することは、憲法の右の視定に違反するもので、この罰則に関するかぎり、違憲無効といわなければならない。もとより、憲法第一三条は、特定の人権を視定したものでなく、人権の一般的原則を宣言したもので、抽象的な内容のものである。それを利用して、みだりにこの視定を援用し、違憲を主張することは許されない。しかし、抽象的な内容であつても、人権の一般的原則を定めていることは変りがなく、団規令の行政調査に関する罰則は、この原則に違反するものといわなければならない。

このことは、平和条約が効力を発生した後においてのことである。その前には、団規令は、いわゆるポツダム勅令として、憲法外で効力をもつていた。平和条約が効力を発生した後には、この種の勅令は、憲法に違反しないかぎりで効力を有し、これに違反するかぎりで無効になる。団規令第一三条第三号の罰則は、右に述べたように、憲法に違反すると認められ、平和条約が効力を発生した後には、無効になり、適用がない。よつて、刑訴第三三七条第二号を適用して被告人を免訴した原判決は、その結論において正当である。

裁判官島保の意見は次のとおりである。

昭和二四年政令第六四号団体等規正令(以下団規令と略称する)は昭和二〇年勅令第五四二号「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基き、同令に基く同二一年勅令第一〇一号政党、協会その他の団体の結成の禁止等に関する件を改正するために制定された、いわゆるポツダム命令であることは、団規令前文によつて明らかである。そして、右勅令第五四二号は、わが国の無条件降伏に伴う連合国の占領管理に基き、連合国最高司令官の為す要求に係る事項を実施する必要上制定されたものであるから、占領期間中、すなわち平和条約発効前においては、日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有するものと認めなければならず、(昭和二四年(れ)第六八五号、同二八年四月八日大法廷判決、刑集七巻四号七七五頁以下)従つて、右勅令第五四二号に基く、いわゆるポツダム命令であるところの団規令もまた、少なくとも占領期間中、すなわち平和条約発効前においては日本国憲法にかかわりなく、全面的に、憲法外において法的効力を有するものであつたことを承認しなければならない。

そこで、平和条約発効後、すなわち占領終了後における団規令の効力を、本件に必要な関係を有する範囲において、法務総裁の出頭要求及びその要求に応じない者に対する罰則の点に限局して考えてみるに、なる程、団規令は昭和二七年法律第八一号二項により同法律施行の日(平和条約の最初の効力発生の日)から起算して一八〇日間に限り、法律としての効力を有するものとされ、同年法律第二四〇号破壊活動防止法(同年七月二一日公布、即日施行)附則二項一号により同法施行と同時に廃止されたが同法附則三項により、同法の施行前になした行為に対する団規令の罰則の適用については、なお従前の例による旨規定され、団規令一〇条による法務総裁の出頭要求に応じなかつた者に対し刑罰を課する同令一三条三号の罰則の効力は平和条約発効後もなお維持されているもののごとくである。

しかしながら、昭和二六年(あ)第二三五七号、同二七年四月九日大法廷判決(刑集六巻四号五八四頁以下)は、平和条約発効前、すなわち占領期間中における、団規令一〇条三項による法務総裁の出頭要求の効力に関する日本の裁判所の審判権限につき、団規令一〇条三項による法務総裁の出頭要求に応じない罪に関する裁判において、裁判所は、その出頭要求無効の主張に対しては審判の権限を有しない旨判示しているのであつて、その趣旨とするところは、(一)団規令は、昭和二一年一月四日付連合国最高司令官の日本政府に対する「或る種の政党、政治結社、協会その他の団体の廃止に関する覚書」(一九四六年一月四日SCAPIN五四八号)の条項を実施するため又今後この規定に反する活動をさせないために発布された昭和二一年勅令第一〇一号政党・協会その他の団体の結成の禁止に関する件を改正するために制定されたものであること(右覚書四項参照)、(二)日本政府は、この覚書の指令を実施するための計画に、この覚書に基いて発布しようとする法律、勅令或は命令を添え、連合国最高司令部に提出してその承認を受けなければならなかつたこと(右覚書八項参照)、(三)すなわち、団規令の条項が遵守されているかどうかを確かめ、その励行を確保することは、右覚書の指令により連合国最高司令官から日本政府に対して要求された事項であり、内閣総理大臣は右指令に従い執るべき一切の行為につき連合国最高司令官に対し直接責任を負担していたこと、(四)連合国最高司令官はこれに関する事項を一般的に日本政府の措置に任せてはいたけれども、それに関する手続の如何なる段階においても、これに介入する固有の権限を保留していたと解せられること、(五)従つて、団規令一〇条一項の調査をするについて必要があるとき、法務総裁が同令一〇条三項により関係者の出頭を求めることは、形式的には日本の行政機関である法務総裁の名において行われる行政処分ではあつても、実質的には連合国最高司令官固有の権限に由来する、前掲覚書の指令の履行に関する手続の一段階を成す超憲法的行政処分であるから、諸多の国内法規による調査の目的を違するため通常の行政機関が関係者に対してなすところの出頭要求命令とは全くその性質を異にし、その故にこそ当該出頭要求の効力についての争訟においては、日本の裁判所は、その出頭要求が既成の法的事実として有効に存在することを認めざるを得ないとされたことに在るものと解せられるのであつて、この理は或る特定の関係者に対する具体的な出頭要求命令について連合国最高司令官が現実に要求、指示若しくは示唆等の形で介入したかどうかにはかかわらないものと解しなければならない(なお右の点については、同じくポツダム命令である昭和二二年勅令第一号公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令に基く公職適否審査手続と日本の裁判所の権限につき、覚書該当者としての仮指定の効力に対する裁判所の審判権限を否定した昭和二三年(れ)第一八六二号、同二四年六月一三日大法廷判決、刑集三巻七号九七四頁以下参照)。

してみると、この法務総裁の出頭要求に応じない者に対し刑罰を課する団規令一三条三号の罰則は、外見上は、単に国内法規である同令一〇条一項、三項違反の犯罪に対する罰則に過ぎないもののごとく見えて、その実は、連合国最高司令官が、占領という特殊な状態において、その意思を実現し、その権威を発揚し、もつて占領目的を違成するがため、日本政府(法務総裁)を媒介とし、関係者に対する出頭要求命令という具体的行政処分の形式をもつて発する超憲法的な指令の誠実な遵守を励行確保するためにこそ、そしてそのためにのみ定められたものであると解せざるを得ないのである。それ故この罰則は、その本質において全く連合国最高司令官の占領目的違成のための手段であるに過ぎないのであるから、占領状態の継続ないし連合国最高司令官の存続を前提としてのみ、その存在の価値と意義とを有するに過ぎないものというべく、その本質上占領状態の終了、従つて連合国最高司令官の解消と共に、当然その効力を失うべきものであるといわなければならない。かくて、昭和二七年四月二八日平和条約が効力を発生した後においては、占領がなく、連合国最高司令官は解消したのであるから、連合国最高司令官の指令なるものは、直接日本政府に対する覚書若しくは指令という抽象的法規の形式によると或は又日本政府(法務総裁)を媒介とし関係者に対する出頭要求命令という具体的処分の形式によると、その発令形式の如何を問わず、最早発生存続する余地はないのである。それ故、かかる出頭要求命令違反を処罰する団規令一三条三号の罰則は、平和条約発効後においては、規定の実質的内容が日本国憲法の規定(本件においては憲法三一条及び三三条)に違背するものであるかどうかを判断するまでもなく、すでに右述べるところの理由によりその効力を保持する余地がなく、当然失効したものといわなければならない。そうしてこのような場合に昭和二七年法律第八一号によりその効力を維持することは、すでに存続しない指令の遵守を確保しようとするものであつて法律の内容として現実に不可能なことを定めるものであるから、結局憲法に違反するものというべく、また同年法律第二四〇号破壊活動防止法附則三項の規定は、すべに失効した団規令の罰則を復活させ事後において過去の行為に遡及適用させようとする事後立法となり違憲無効であるといわなければならない。(昭和二七年(あ)第二八六八号。同二八年七月二二日大法廷判決、刑集七巻七号一五六二頁以下参照)。

以上の次第で、団規令一〇条三項による法務総裁の出頭要求に応じない罪についての本件団規令違反被告事件は、平和条約発効後においては、犯罪後の法令により刑の廃止があつた場合にあたるものとして、被告人に対し免訴の言渡をするのが相当であり、本件公訴事実につき刑訴三三七条二号を準用して被告人を免訴した原判決はその結論において正当であるから、上告論旨は結局理由がないことに帰する。

裁判官入江俊郎、同高木常七の反対意見は次のとおりである。

原判決はこれを破棄し、被告人を無罪とすべきものと考える。

本件公訴事実は、被告人は占領期間中である昭和二五年七月三日法務総裁から団体等規正令(以下団規令と略称する。)一〇条の規定により法務府特別審査局に出頭を求められ、同月八日頃までには右出頭要求のなされたことを了知しながら、その頃右出頭要求に応じなかつたものである、というのであつて、平和条約発効後である同二八年六月四日、同令一〇条一項、三項、一三条三号、昭和二七年法律八一号、破壊活動防止法附則二項、三項の規定により起訴されたものである。そして原判決の確定するところによれば、被告人に対する本件出頭要求にかかる調査の目的は、被告人の団規令二条七号、三条違反の罪(暴力主義的行為の禁止に反する罪)及び六条二号違反の罪(政治団体の届出をしない罪)等、専ら被告人の犯罪事実の有無の究明のためのものであつたというのである。

そこで先ず、団規令一〇条に基づく調査が、刑事上の犯罪捜査のためにする調査であり、またはこれを包含するものであるか否かにつき考えてみるに、団規令一条は同令の目的として、「平和主義及び民主主義の健全な育成発達を期するため、政治団体の内容を公開し、秘密的、軍国主義的、極端な国家主義的、暴力主義的及び反民主主義的な団体の結成及び指導並びに団体及び個人のような行為を禁止すること」を掲げている。また同令二条は、その目的または行為が同令二条各号の一に該当するような政党、協会、その他の団体を結成しまたは指導してはならない旨を定め、同三条は、二条各号の一に該当する行為は、これをしてはならないものと定め、同四条は、これらの規定に違反した団体は法務総裁の指定によつて解散するものとし、同一〇条は、同令の条項が遵守されているかを確かめるために、法務総裁または都道府県知事が必要な調査を行なうものとしているのである。

これらの規定を見ると、団規令一〇条に基づく調査は、前記同令一条に定める同令の目的に照らし、同令の条項が遵守されているかどうかを確かめるためにする必要な調査であり、行政機関によつて政治団体の公開と違法団体の解散を実施するために行なわれる調査であつて、換言すればそれは、専ら行政上の目的のための調査というべく、刑事上の犯罪捜査のためにする調査ではなく、またこれを包含するものでもないと解するのを相当とする。そして、団体の行為は実際にはその構成員である個人の行為に外ならないから、右の調査にあたつては、その団体の構成員たる個人の団規令違反行為の有無を調査することがあつても、それが前記のような行政上の目的を達するためそれに必要な限度で行なわれるものであるかぎり、適法というべきであり、このことは、その個人の団規令違反行為が同令一三条により犯罪とされ、これに刑罰が科せられることとなつていても、その一事によつて、右調査が刑事上の犯罪捜査であるということはできない。このことは、同令一〇条一項の明文上明瞭であつて、たとえ同令の目的の中に、同令一三条により犯罪とされるような個人の行為の発生の防止(犯罪防止)を包含するとしても、これがために同令一〇条の調査が、刑罰権行使のためにする被疑者に対する犯罪捜査に当ると解することは、観念の飛躍というほかはない。

同様のことは、団規令のほか、多くの行政法令によつて、行政調査を行なうことが定められている場合にもいえることである。すなわち各種の税法、労働組合法、健康保険法、麻薬取締法、火薬類取締法等の法令は、その条項の違反行為を処罰すると同時に、これらの法令の目的とする社会公共の安全と福祉を維持するという行政上の目的のために、これらの違反事実の有無につき、行政機関が行政上の調査を行なうことを認めているのであつて、団規令一〇条の調査が、右と異なる趣旨のものであると解すべき根拠は認められない。そして、これらの規定は、それが行政調査に関する規定であるかぎりは、憲法に違反する点は認められない。

以上述べたとおり、団規令一〇条の規定は専ら行政上の調査に関するものであつて、同条は、刑事上の犯罪捜査のためにする調査については、何ら規定しているものではなく、従つて法務総裁または都道府県知事は、同条の規定により犯罪捜査権の行使として、被告人の犯罪事実の有無の究明をする権限を何ら与えられていないのである。しかるに、原審の確定した事実関係によれば、被告人に対する本件出頭要求にかかる調査の目的は、専ら被告人の犯罪事実の有無の究明のためのものであつたというのであるから、そのような事実関係の下においては、法務総裁が被告人に対してなした本件出頭要求は、それが憲法に違反するかどうかを判断するまでもなく、結局同令一〇条三項に名を藷りたところの、同令に根拠のない無権限の行為であつて、無効のものというほかはない。(団規令一〇条三項による法務総裁の出頭要求の効力に関しては、裁判所は審判の権限を有しない旨の当裁判所の判例があるが、――昭和二七年四月九日大法廷判決、刑集六巻四号、五八四頁以下参照――それは、右条項に名を藷りて、同令に何ら根拠のない無権限の行為として出頭要求をしたと認められる本件とは事案を異にするもので、本件に適切でなく、本件については、行為当時裁判所は審判の権限を有し、本件公訴事実を無罪とすべきものであつた。)従つて、被告人は本件において、同令一〇条三項による出頭の義務を負うべきいわれはなく、被告人が法務総裁の本件出頭要求に応じなかつたとの公訴事実は、何ら同令違反のかどはないのであつて、罪とならない行為というほかはないから、無罪とすべきものである。上告趣意の論旨のうちには、同令一〇条三項の解釈につき前記説示と合致する部分もあるが、被告人の本件行為を有罪とすべきであるとする所論は結局において採ることを得ない。また、原判決は前記説示と異なる法律判断をしているから、団規令の規定の解釈を誤まつた違法あるものというべく、刑訴四一一条によりこれを破棄し、被告人に無罪を言渡すべきものである。

裁判官斎藤悠輔、同下飯坂潤夫の反対意見は、次のとおりである。

団規令一〇条は、行政調査に関する規定であつて、刑事上の犯罪捜査に関する規定ではなく、従つて、本件上告理由第一、第二は、その理由のあることは、横田裁判官の意見一のとおりである。(入江、高木裁判官の意見前段も同一と思われるから、これを援用する。)

藤田裁判官らの同令一条ないし三条の解釈は、同条等の誤読によるものと思われ、われわれは、そのようには読むことができないし、また、麻薬取締法五三条三項、国税徴収法一四七条二項のごとき規定は、同令一〇条三項の出頭、説明聴取、資料、物件の提出なる調査権限の関係上明定することを要しないものであり、現に他の行政調査に関する法規にはかかる規定がないことは、同裁判官らも是認するところである。

また、垂水裁判官は、憲法二一条違反を主張するもののようであるが、同令一条二項には、この政令は、この政令に定められた目的及び行為に関する場合を除き、集会、言論又は信教の自由を阻害するように解釈し、又は適用してはならないとの規定を無視するものである。

また、横田裁判官の意見二は、同令一三条三号に対する同条本文の規定が、動きの取れない単一の刑を定めたものではなく、いわゆる選択的な裁量規定であつて、裁判官は、情状によつて最低の罰金に処することもでき、その上更に、酌量減軽をなし又は執行猶予をも附しうることを忘れたもので、憲法一三条違反の意見は、結局立法論に帰するものと考える。従つて、上告理由第三もその理由がある。(なお、過失により有毒飲食物等取締令一条の規定に違反した者に対し三年以上一五年以下の懲役又は二千円以上一万円以下の罰金に処する旨規定した同令四条の規定は、憲法一三条に違反しない旨の当裁判所大法廷判決、判例集二巻一四号一九五一頁以下参照。なお、昭和二一年勅令三二五号は、かかる者には刑法六六条の酌量減軽の規定を適用しない旨規定している。)

また、本件第一、二審判決が本件出頭命令をもつぱら犯罪捜査の目的のみを以てなされた旨認定したのは、極めて明白な事実誤認であつて、第一かかる目的は実現不可能なことを忘れた重大な瑕疵と認められる。従つて、この顕著な誤認を支持し、出頭と強制刑事捜査との間に憲法上刑訴法上密接な関係があるごとく主張する各意見も採ることができない。

されば、本件上告は、すべて、その理由があつて、原判決は破棄、差戻を免れないものと考える。

裁判官池田克、同石坂修一の反対意見は、次のとおりである。

団体等規正令(以下規正令と略称する)は、いうまでもなく我が国がポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官の要求にかかる事項を実施するため、特に緊急の必要がある場合に命令をもつて所要の規定及び罰則を設定しうることを定めたポツダム緊急勅令(昭和二〇年勅令五四二号)に基き、同令に基く政党、協会その他の団体の結成の禁止等に関する件(昭和二一年勅令一〇一号)を改正して、昭和二四年政令六四号として制定されたいわゆるポツダム命令の一つに属する。これを新憲法との関係についてみると、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」(昭和二二年法律七二号)において、ポツダム命令が有効であることを前提とする規定(一条の二)が設けられ、そのままその効力を認められていたところであるばかりでなく、規正令においても、ポツダム宣言の受諾により我が国に対する指導原理として指示された平和主義と民主主義の達成(ポツダム宣言六項、一〇項参照)をもつて、その根本目的(一条)とし、新憲法制定の目的に合致するものであるから、その効力を認められたものであることは、いうまでもないところである。

もつとも連合国との平和条約(昭和二七年四月二八日条約五号)の発効に伴い、立法的にポツダム命令の善後措置が講ぜられた際、規正令は、なお暫定的に法律としての効力を持続するものとされ、更に同年制定された破壊活動防止法に引き継がれて廃止されている(同法附則二項)。しかし、罰則の適用については、その廃止前の行為であつても、なお従前の例による旨の明文がおかれているところである(同附則三項)。そしてその趣旨とするところは、規正令の改廃は、単にこれを必要とした事情の変更に基くものに過ぎず、違反行為の可罰性に関する法律評価の変更によるものではなく、すなわち、規正令が効力を失つた後においても、その効力の存続中に行われた違反行為は不可罰となつたのではないとするにあるのであり、従つて、罰則規定の内容を個々的に検討し、憲法に牴触しない限り効力を持続して今日に及んでいるものといわなければならない。

そこで、右の見地から本件に即して規正令の罰則規定を検討すると、問題の所在は、第一に、法務総裁の行う調査権であり、第二に、法務総裁から出頭を求められてこれに応じない者に対する刑罰である。

第一の問題については、一〇条一項の規定自体によつても明らかなとおり、行政機関たる法務総裁の調査権によつて行われる必要な調査は、行政調査であつて犯罪捜査ではない。犯罪捜査は、いうまでもなく公訴を提起し且つこれを維持するために犯人及び証拠を探査、収集する捜査機関の行動である。そしてこの捜査を刑事訴訟全体との関連においてみると、捜査機関によつてのみ行われるところである。従つて、捜査は、形式的には捜査機関の行動をいうが実質的にはその他の者の行動であつてもそれが犯罪の調査にわたる場合も含まれるというものではない。例えば、告訴、告発等のために犯罪の調査がなされてもそれは捜査ではない。捜査の主体は、法令に定められた捜査機関であつて、捜査の対象とされている者が被疑者である。なるほど法務総裁の行政調査の結果、規正令の違反があると思料するときは告発をしなければならないであろう(刑訴二三九条二項)。しかし、この告発は、単に捜査の端緒となるに過ぎないのである。

ところで法務総裁は、規正令の条項が遵守されているかどうかを確かめるため行う必要な調査として関係者の出頭を求める権限をもつことが一〇条三項によつて認められているが、これを関係人からみると、重大な義務を課されることとなる。というのは、本条項による義務は、我が国が前示ポツダム宣言の条項達成のための重要な義務を履践するについて必要があるからであつて、公共の福祉の要請は、他の行政諸法令の認める行政調査における出頭義務の場合の比でないことが看過されてはならない。なお、この点は、第二の問題において言及することとし、ここでは、関係人の出頭義務が一〇条三項の説明義務と不可離の関係をもつといつても、正当な理由があつて出頭しない場合には出頭に応じない者といえないこと、出頭しても不利益な供述が強要されるものでないことを一言するにとどめる。

第二の問題については、一三条三号の定める刑罰が憲法に牴触するほどに失当な重刑を科するものであるかどうかに問題の所在がある。そしてこれを結論的にいえば、健全な民主主義の達成に重大な障害を与える違法団体の結成、指導は、厳に排除しなければならないところで、規正令の条項が遵守されているかどうかの調査のため必要があるとして強く関係者の出頭義務の履行を担保するため本条号程度裁量刑をもつて臨んでも、規正令一条の目的の達成という公共の福祉の要請のためには、やむを得ないところとしなければならないものというべく、憲法に牴触するものとはいえない。

すなわち、一〇条一項による調査の内容は、二条、三条違反の有無、五条各号該当団体の有無、無届団体の有無、届出内容の真否その他各種団体の動向等であるが、ここでは二条七号の場合に例をとることとする。「暗殺その他の暴力主義的企図によつて政策を変更し、又は暴力主義的方法を是認するような傾向を助長し、若しくは正当化すること」を目的とする違法団体を結成し、指導してはならない。これが同条号の禁止規定である。暴力によつて自己の意図を貫き他人の意思を屈服させるが如きことは、その思想的基盤の如何を問わず厳にこれを排除すべきであり、健全な民主主義の達成のためには、特に暴力主義は如何なる理由に基くにもせよ、これを禁じなければならないとする趣旨に出たものであるから、憲法の基本原理にそうものというべきである。公共の福祉の要請の重大さにかんがみると、一三条三号のような幅のある裁量刑を認めて強く関係人の出頭を求めても、人権に対する不合理な制限を加えるものとみるべきではない。

ただし、本条号の定める刑罰の本質は、行政罰であつてみると、「二条又は三条の規定に違反した者」の如き実質犯に対する刑事罰(一三条一号)と同一の裁量刑を定めていることは、必ずしも権衡を得たものとはいえないであろう。しかし、これとても立法政策の巧拙の問題であつて、具体的事案において裁判所の妥当な刑罰裁量権にまつを相当とする問題に帰する。

以上のようにみて来ると、本件上告は、すべて、その理由があり、原判決は、これを破棄差戻すべきものと思料する。

検察官村上朝一、同井本台吉、同神山欣治、同片岡平太公判出席

昭和三六年一二月二〇日

最高裁判所大法廷

裁判長裁判官 横田喜三郎

裁判官 斎 藤 悠 輔

裁判官 藤 田 八 郎

裁判官 河 村 又 介

裁判官 入 江 俊 郎

裁判官 池 田  克

裁判官 垂 水 克 己

裁判官 河 村 大 助

裁判官 下飯坂潤夫

裁判官 奥 野 健 一

裁判官 高 橋  潔

裁判官 高 木 常 七

裁判官 石 坂 修 一

裁判官 山田作之助

裁判官島保は退官につき署名押印することができない。

裁判長裁判官 横田喜三郎

上告趣意

○昭和三一年(あ)第三六三六号

被告人松本三益

東京高等検察庁検事長花井忠の上告趣意

東京高等裁判所第七刑事部が昭和三十一年七月十六日被告人松本三益に対する団体等規正令(以下団規令と略称する)。違反被告事件について言渡した「原判決を破棄する。被告人を免訴する。」との控訴判決は、憲法第三十一条及び第三十三条の解釈を誤つたものであるから、刑事訴訟法第四百五条第一号に規定する事由にあたり、破棄を免れないものと思料する。

よつてその理由を次のとおり申し述べる。

第一、原判決は団規令所定の出頭要求に関する罰則が憲法に適合するや否やを職権をもつて判断するにあたり、その前提として同令第十条に規定する法務総裁の出頭要求を含む調査権の行使が、名を行政調査権の行使に藉りた実質上の犯罪捜査権の行使であるという重大な断定を下し、その理由として「右政令第十条第一項、第三項について見るのに、同条第一項には、この政令の条項が遵守されているかどうかを確めるため必要な調査を行うものとするとあつて、同条第三項は、これが調査のため必要ある場合、法務総裁又は都道府県知事に関係者の出頭要求権を認めているのであるが、その調査の対象となつている事項を同政令の各条項について具さに検討して見るのに、同政令第九条の規定事項を除いては、専ら、同政令第十三条の規定によつて処罰の対象となつている同政令第二条、第三条、第六条及び第十二条によつてそれぞれ禁止ないしは命令されている事項に関する違反事実の有無の究明に存することが明白である。なるほど同政令第四条、第五条では団体の解散措置に関する一連の定めをしているが、これはただ、右第二条の規定に違反した事実や第六条違反の事実が究明された後の後の事後処分に関する規定たるにすぎず、第十条に規定された法務総裁による調査の対象が、同政令所定の犯罪事実の有無の究明に存することは、同条第一項の明示するところと同政令各条項の体裁内容とに徴し到底これを否定することはできない。されば、法務総裁又は都道府県知事による右調査は、その名において行政調査権の行使の如く見えて、その実質においては犯罪捜査権の行使にほかならないものと言わざるを得ない。」と判示している。然しながら、かかる判断は全く原判決独自の誤断というの外はないのであつて、その理由は以下論述するところによつて明白である。

(一) 原判決は、先ず団規令第十条に規定する調査(以下本件調査と略称する。)制度を検討するにあたり、同令全体の目的及び構成との関連において調査の目的が如何なるものであるかを解明すべきであるにも拘らず、これを看過したため、右調査がその本質上行政調査である所以を理解することが出来なかつたものといわなければならない。

一般に、如何なる法律制度についても、その立法目的を除外しては、当該制度の正当な内容を理解し得ないことは法の解釈として当然の事理であるが、特に本件調査制度は一種の法定手続であり、凡そ手続なるものは一定の目的に向つて進行する多数の行為の秩序に従つた連鎖であつて、一定の目的の伴わない手続なるものは無意義なものであることはいわずして明らかなことであり、本件調査制度についても、その目的を解明せずしてその内容を理解することが困難であることは、多言を要しないところであろう。

然るに、団規令第一条第一項には「この政令の目的」として、「この政令は、平和主義及び民主主義の健全な育成発達を期するため、政治団体の内容を一般に公開し、秘密的、軍国主義的、極端な国家主義的、暴力主義的及び反民主主義的な団体の結成及び指導並びに団体及び個人のそのような行為を禁止することを目的とする。」と規定され、同令の目的が政治団体の公開と秘密的、軍国主義的、極端な国家主義的、暴力主義的及び反民主主義的な団体及び個人のそのような行為の禁止に在ることが示されているが、その主たる目的が個人の違法行為の禁止に在るのではなく、団体の規正、すなわち政治団体の公開と違法団体の禁止に在ることは、右規定の内容自体からも容易に認められるところであろう。しかも、団規令全般を検討すれば、その内容が右の目的の下に構成されていることを首肯し得るのであつて、政治団体の公開については第六条及び第七条の団体の届出、第八条の届出の通達公開及び第九条の機関紙誌の提出が各規定されて居り、この制度が行政上の制度であることは論を俊たないところであるが、違法団体の禁止については第四条違法団体の解散、第五条違法団体とみなされる団体、第十一条団体解散に伴う役職員等の公職からの除去及び第十二条団体解に散伴う被追放指定者に対する昭和二十二年勅令第一号の適用がそれぞれ規定されているのであつて、この団体解散も亦行政上の制度であることは明らかであり、これらの各制度の運営を所管するものは、いずれも行政機関たる法務総裁又は都道府県知事とされているのである。そして団規令第十条にはこれらの法務総裁及び都道府県知事による調査制度が規定されているのであるが、この調査制度が既に述べた政治団体の公開や違法団体の解散措置を実施するためのものであることは、同令全般の構成からも蓋し当然のことであろう。

なるほど、団規令には右に述べた行政制度に関する各規定の外、第十三条及び第十四条にいろいろな罰則が規定されているのであるが、これらの罰則のうち第十三条第一号を除くその他の罰則は、いずれも政治団体の公開、違法団体の解散及び調査の実施又は違法団体解散の効果を確保するために設けられたいわゆる秩序罰を規定したものであり、第十三条第一号の罰則は同令が、第二条各号に掲げる事項を違法なものとし、一方においてはかかる事項を目的又は行為とする団体に対して行政上の解散措置をもつて臨むと共に、他方においては個人としてかかる団体を結成又は指導する行為や右の事項に該当する行為を犯罪行為として刑事上の処罰を加えることにより、行政及び司法の両面からかかる違法な団体及び個人の活動を禁止しようとしたものであるが、ここに留意すべきことは、司法手続をもつて右の罰則を実現することによりそのまま直ちに団体の解散が実施されるものとする訳ではなく、両者は全く別個の手続によつて行われる別個の措置であるということである。かくて団規令においては、同令に規定する罰則を実現する手続については、挙げてこれを刑事訴訟手続に委ね、法務総裁及び都道府県知事は専ら同令の行政手続を実施する機関とされているのである。

団規令の目的及び全般の構成を以上の如く解することは、昭和二十二年法律第百九十三号法務府設置法第一条第一項に、法務総裁の所管事項として「団体等規正令(昭和二十四年政令第六十四号)の規定による政党、協会その他の団体の結成の禁止等に関する事項」と規定され、同法第七条第二項に、特別審査局の所掌事務として「団体等規正令の規定による各種団体の登録並びにその結成の禁止及び解散等に関する事項」と規定されているのみならず、昭和二十四年法務府令第一号法務府組織規程第十一条には、特別審査局調査第一課乃至同第三課がそれぞれ「団体等規正令(昭和二十四年政令第六十四号)の規定による各種団体の登録及びこれらの団体の機関紙誌に関する事務」、「団体等規正令による軍国主義的、極端な国家主義的及び暴力主義的団体の結成の禁止及び解散並びにこれらの団体等に関する調査に関する事務」及び「調査第二課の所掌に属しない団体規正令の規定による各種団体の結成の禁止及び解散並びにこれらの団体等の調査に関する事務」をつかさどることが規定されていることに鑑みても、首肯されるところであろう。

されば、本件調査手続は団規令の目的及び構成との関連においてこれを考察すれば、その目的が行政措置による団体の規正、特に違法団体の解散措置を実施することであり、その本質上行政調査手続であることは、明白であると思料する。

(二) 原判決が本件調査の対象を専ら団規令によつて処罰の対象となつている個人の「違友事実の有無の究明」に在りとし、団体の解散措置は「事後処分」に過ぎないものとして結局右の調査の対象が「同令所定の犯罪事実の有無の究明」に在るとしているのは、本件調査制度の体系的な内容を誤解したものである。

原判決が判示する事後処分が果して如何なる意義を有するものであるか必ずしも明らかでないが、前後の論旨からこれを推察すれば、少くとも団体の解散措置は本件調査制度とは直接関連のないものであるとするものの如く解されるのであつて、原判決のかかる見解は畢竟するに、団体の解散措置の実施が本件調査制度の目的であることを否定するに在るものと解する外はないのである。原判決が右の如き見解を表明するに至つたのは、既に冒頭から指摘したとおり、原判決が本件調査制度を検討するにあり、その目的が如何なるものであるかの判断を遺脱したことに因るものと認められるのであるが、原判決のかかる見解こそ本件調査制度の本質を解明する上において致命的な過誤を犯したものといわざるを得ないのである。

しかして本件調査が既に論述したとおり、政治団体の公開及び違法団体の解散措置の実施を目的とするものである以上、右調査の対象と範囲が自からこの目的によつて定まるものであることは当然であつて、この調査の対象となるものは特定の団体であるが、その調査の範囲は同令全般の条項に及ぶものであるといわなければならない。

すなわち、政治団体の公開を実施するための調査においては、特定の団体が団規令第六条に規定する政治団体に該当するか否かを始め、その団体につき同条及び第七条に規定する政治団体に関する届出の有無とその真偽や第九条に規定する機関紙誌の刊行と提出の有無等を調査しなければならないのであり、違法団体の解散措置を実施するための調査においても、特定の団体が当該団体の結成存続を始め、その目的、組織、活動及び役職員等の人的構成等を究明することによつて当該団体が果して第四条又は第五条に規定する違法団体に該当するか否かを調査しなければならないのである。

しかも、団規令第四条第一項第一号乃至第三号に規定されている団体解散の事由の内容は、同令の各規定の体裁から同令第二条又は第三条によつて個人に対し禁止されている事項が団体の活動として行われた場合、若しくは同令第六条によつて個人に対し命令されて事項の違反が団体の活動とされているのであつて、かかる関係から団体の解散措置を実施するための調査においては、その一環としてこれらの個人の禁止又は命令の条項に違反する行為にも及ばならないことは法律上当然予想されるところである。これと同時に、これらの個人による違反事実についても、それが団体との関連をもつて行われた疑いが存在する限り、これを調査しなければならないことも蓋し当然のことであろう。

従つて、団規令の条項中には、原判決も指摘するとおり、個人に対する禁止又は命令の条項が含まれて居り、これらの条項に対する個人の違反事実も当然調査される訳であるが、それは必ず調査の対象となつた団体と関連を有するものとして調査されるものであつて、団体と何等の関連もない個人の違反事実が調査されるのではないのである。しかも、本件調査はかような個人の違反事実に止まるものではないのであつて、これを含めたさらに広汎な団体関係の事実に亘るものであることは、既にこれを指摘したところであり、本件調査は団規令の殆んどすべての条項の遵守に関する事実に及ぶものといわなければならならない。

団規令第十条第一項に「法務総裁は、この政令の条項が遵守されているかどうかを確めるため、」と規定しているのは、正に右に述べた如く本件調査の範囲が団規令全般の条項の遵守に関する事実に亘るものであることを明らかにしたものに外ならないのである。

しかのみならず、団体が解散された場合には、団規令第十一条乃至第十四条の各規定に徴し明らかなように、極めて重大な効果が発生することに鑑みても、かかる行政措置を実施するためには出来得る限り慎重な調査を遂げなければならないことは、同令第一条第二項の趣旨からも自明なことであるが、治安に関する行政上の措置は、司法上のそれと異つて既発の違法状態を除去する丈けに止まるべきものではなく、これを未然に防止することも重要な使命とされるのであつて、このことはさきに引用した団規令第一条第一項において同令の目的が「秘密的、軍国主義的、極端な国家主義的、暴力主義的及び反民主主義的な団体の結成の禁止」等にあることを明記しているところからも窺知し得るところである。しかも解散措置の対象となるべき違法団体のうちには、同令第二条第七号に掲げる「暗殺その他の暴力主義的企図によつて政策を変更し、又は暴力主義的方法を是認するような傾向を助長し、若しくは正当化すること」を目的又は行為とする団体も含まれるのであつて、右の事項にいう「暴力主義的企図」又は「暴力主義的方法」とは、単なる個人の暴力主義的行為を指称するに止まらず、多数人による武装叛乱によつて憲法を否定し、憲法によつて定立された国家の政治的基本組織を顛覆せんとするが如き集団的な暴力主義的行為をも包含するものと解されるのであつて、特にかかる違法団体に対しては、既に結成された団体の実態を把握してこれを解散することのみに止まらず、団体が結成される具体的な虞れがある事態においてこれを把捉し、未然にその成立を防止する措置を講じなければならないことは改めてこれを指摘するまでもないところである。

しかして違法団体に対する規正は、独り解散措置のみによるべきものではなく、たとえ一定の団体が違法団体に該当するものと認められる場合においても、その実態の如何によつては敢えて解散措置を実施する必要がないことがあるのであつて、かような場合には解散措置に代つて広く勧奨又は警告等の事実上の措置を実施することによつて妥当な成果を収めるべきことは当然のことであるが、前述の如く違法団体が結成される具体的な虞れがある事態を発見した場合においても、速かに団規令第十条にいう「必要な調査」を開始し、その実情を解明して、勧奨又は警告等の措置を実施し、違法団体の成立を未然に防止することにより、同令の円滑適正な運用に努めなければならないことは、多言を費すまでもないことでもないことであつて、団体に対する解散措置の外、かかる勧奨又は警告等の事実上の措置が行われることは控訴の趣意においてもこれを指摘したところである。然るに右に述べたような違法団体成立の虞れある事態における調査の発動を刑事手続の観点から評価し「本来の被疑事実につき、いまだ裁判官の令状を求めるに足りる犯罪の証拠なき」ものと難ずるとすれば、行政手続と司法手続とを混同した議論であると答えざるを得ないのである。然るに、原判決は、団規令第十条第一項の「明示」するところと同令各条項の「体裁内容」によつて本件調査の対象が専ら同令所定の個人の「犯罪事実の有無の究明に存する」ものと判断しているのであるが、これは恐らく団規令がいわゆる管理法令としてその表現に平明を欠く嫌いがあると共に、行政上の措置と司法上の罰則とを交錯して規定しているため、原判決はこれらの法文の字句や体裁に捉われてこれを曲解したのではないかとも推測されるのである。然し団規令第十条第一項にいう「この政令の条項」が原判決が判示する如く、個人に対する禁止又は命令を規定した二、三の条項のみを指すものであるとする合理的な根拠は全然存在しない許りでなく、かかる条項に対する個人の違反事実のみを如何に究明しても、団体に対する解散措置を実施するための十分な事実の究明となり得ないことは余りにも明らかなことである。

なお参考までに、本件調査について附言すれば、本件調査によつて収集される証憑資料は、本件調査が行政措置の実施を目的とするところから、犯罪捜査におけるが如き刑事刑事訴訟法の定める証拠法則の制約を受けないものである反面、これらの証憑資料の入手方法については犯罪捜査機関におけるが如き直接強制の手段はこれを利用する途が認められていないのである。

そして又、団規令第十条によれば、調査の主体は「法務総裁」であり、その客体は「関係者」と規定されているが、かような調査の当事者に関する規定は出頭要求を含む本件調査手続が犯罪捜査手続ではなくして、独自の行政調査手続であることを裏付けているのである。すなわち団規令においては、他の行政調査手続が調査の主体を当該官吏又は吏員としているのと異り、最高の行政機関である法務総裁が調査の主体とされ、特に出頭要求の如き間接強制調査権の発動については、法務総裁又は都道府県知事自身によつて行われるものとされ、慎重を期していることが窺われるのである。固よりかかる行政機関による行政調査であつても、事実上これを犯罪捜査に利用することは許されないことであるが、本件においては第一審の事実審理の結果に徴しても明らかなように、出頭要求の発出にあたつて法務総裁又は特別審査局の職員が検察官や司法警察職員等の捜査機関と意思を通じ、これを犯罪捜査の手段に利用することを図つたような事実は片鱗すらなかつたことを指摘して置くことも、決して徒事ではないと思料する。さらに本件調査、特に出頭要求の客体とされている「関係者」は、刑事訴訟手続にいう被疑者、利害関係人及び証人等の概念とは全く別個のもので、広く調査の対象たる団体関係の事案に直接又は間接に関係を有する一切の人を指称する概念であり、本件調査においてはその客体を個人の犯罪事実に関する容疑者として取り扱うものでないことは留意を要するものといわなければならない。

これを要するに、本件調査は、出頭要求の如き間接強制を含めて調査の目的を始めその対象と範囲、調査開始の時期、調査によつて収集すべき証憑資料及び調査の主体の客体等に亘つて犯罪捜査手続とは異つた別個の体系的な内容を有するものであるから、本件調査制度の本質はその体系的な内容全般を検討して解明すべきであつて、原判決の如くその調査の範囲に個人の違反事実が包含されるの故をもつて、これを刑事捜査手続の観点から考察して本件調査手続がその全体又はかかる個人の違反事実を調査する限りにおいて、犯罪捜査手続であると断定することは、本件調査制度の本質を誤解し、これを刑事訴追を目的とする犯罪捜査手続と混同した過誤を犯したものであることは明白であると思料する。

(三) 原判決が本件調査を行政調査権の行使に名を藉りた実質上の犯罪捜査権の行使であると断定したのは、行政調査手続と犯罪捜査手続との区別を誤解したことに因るものといわざるを得ない。

原判決は本件調調査手続が何故実質上は犯罪捜査権の行使であるのか、その理由を必ずしも明確に判示していないが、原判決が後段に至つて「専ら行政調査のために関係人の出頭を要求し、その要求に応ぜざるときはその者を刑罰に処するものとして、間接にその要求を強制することはこれを容認し得るものがあるとは言えるにしても、当該法規上、その名において行政調査のための出頭要求の如く見えて、実は専らその要求を受けた者の犯罪事実の有無の究明のためにする出頭要求であるにもかかわらず、これが要求を受けて応じない故をもつて刑罰に処する如きは、到底これを容認し得ないところである。」と説示しているところと併せて考察すれば、原判決は行政調査手続と犯罪捜査手続とを区別する基準について独自の見解を有していることが明らかに看取されるのである。しかも、その見解は、専ら「調査の対象」が刑罰に処せられる犯罪事実の有無であるか否かによるものとするのであつて、行政調査手続において、いやしくもかかる犯罪事実の有無が「調査の対象」となる限り、その行政調査は取りも直さず専らこの犯罪事実の有無を究明することであり、かく犯罪事実の有無を究明することはすなわち刑事訴追を目的とすることに帰するものとし、かかる行政調査手続は実質上の犯罪捜査手続に外ならないとするものと解されるのである。換言すれば、原判決の見解は調査手続が形式的にも実質的にも行政調査手続であるためには、その「調査の対象」は刑罰に処せられる犯罪事実の有無に止まらなければならないのであつて「調査の対象」が刑罰に処せられる犯罪事実の有無に及ぶ限り、その行政調査手続は実質上犯罪捜査手続となるとするものと解さざるを得ないのである。

仮りに若し、原判決の右の如き見解を採用するとすれば、現行の各種行政法令に定める行政調査の間接強制制度が如何に重大な影響を受けるかは後にこれを指摘する予定であるが、原判決のかかる見解が行政調査手続と犯罪捜査手続との区別を誤解した見解であることは次の理由によつて明瞭であると思料する。

すなわち、行政調査手続を犯罪捜査手続と区別する本質的な基準は、調査の範囲が刑罰に処せられる犯罪事実の有無に及ぶか否かという点に在るのではない。行政調査といい、犯罪捜査といい、いずれもその本質は手続であり、犯罪捜査は捜査機関が刑事訴追の目的をもつて犯罪事実の有無を究明する手続であるから、その手続は刑事訴追の目的を前提として組み上げられているのであつて、この目的を欠くときには、たとえ犯罪事実の有無を究明する行為が行われることがあつても、これを犯罪捜査手続とすることは出来ないのであつて、行政調査についても右と同様なことがいえる訳である。従つて捜査機関以外の他の行政機関が客観的に見れば、犯罪となる事実の有無を究明することがあつても、それが刑事訴追の目的をもつて行われるものでなく、専ら他の行政目的を達成するために行われるものであるときは、その手続は絶対に犯罪捜査手続たり得る筈がないのである。されば、行政調査手続を犯罪捜査手続と区別する本質的な基準の一つは、その目的に在るのであつて、両者の区別は既に論述したように、その目的を前提とする制度全般の内容を判断して決定されなければならないのである。

従つて本件調査が実質上犯罪捜査手続であると断定するためには、本件調査が実質上刑事訴追を目的とする手続であることを積極的に論証しなければならないことは余りにも明白なことではなかろうか。然るに、原判決は本件調査について、その目的たる団体の解散措置の実施を「事後処分」に過ぎないものとして斥け、本件調査が刑事訴追を目的とするものであることについては、少しもこれを論証することなく、本件調査が専ら「違反事実の有無の究明」又は「犯罪事実の有無の究明」にあるとすることによつて本件調査が恰かも刑事訴迫を目的とするものであるかの如き印象を与え、かくて直ちに本件調査が実質上の犯罪捜査であるという結論に飛躍しているのであつて、原判決のかかる見解には絶対に賛同することが出来ないのである。

なお参考として、団規令以外の他の行政法令所定の行政調査制度を検討すれば、各種の税法を始め労働基準法第百一条、船員法第百七条、健康保険法第八十八条、第八十八条の二、失業保険法第五十三条、第五十四条、古物営業法第二十三条及び麻薬取締法第五十三条等類似の行政調査制度を設けている規定は枚挙に遑がないのである。しかも、これらの行政法令には国税徴収法第二十一条の二第二項に規定する「前二項ノ質問又ハ検査ノ権限ハ犯罪捜査ノタメ認メラレタルモノト解スルヲ得ス」の如き立法例は数多く見受けられるであるが、これらの調査の対象事項の多くは罰則が附された禁止事項を内容とするものであるから、原判決の論法をもつてすれば、その調査は法令上当然の犯罪捜査となる訳であつて、右の如き規定は全く意味をなさず、むしろ脱法を糊塗した虚飾の規定とならざるを得ないのである。さらに、各種税法所定の間接強制による行政調査制度の内容を考察すれば、その目的として掲げる徴税措置は、時間的に見ればすべて違反事実が究明された事後に行われる処分であると共に、その調査の対象は単なる徴税の場合よりは一層重い制裁からなる罰則によつて禁止された違反事実の有無の究明であるから、原判決の見解によれば実質上の犯罪捜査ということになるのである。又労働基準法第百一条及び麻薬取締法第五十三条等による行政調査においても、すべて指導又は是正という行政措置は調査の事後に行われる処分であつて、その調査の対象は罰則によつて禁止された事項の違反事実の有無であるから、原判決の筆法に従えば、これらの行政調査はいずれも実質的には犯罪捜査のため間接強制を濫用していることになるのである。

然しながら、憲法が基本理念とする立法、司法、行政の三権分立は、国家の作用として、いやしくも「犯罪事実の有無の究明」に亘る場合には、その目的の如何を問わず、すべてこれを刑事司法の作用なりとして行政機関が行政目的達成のため、間接強制手続によつて事実を調査することまでも禁ずる趣旨であるとは解されないのである。しかして仮りに憲法第三十一条が基本人権を制約する間接強制を伴う行政調査手続にも適用されるとしても、その手続が法律に基くものであり、しかもその制約が必要最少限のものである限り、同条に違反するものと解すべきではない。然るに、本件調査手続は団規令なる法律に規定されたものであり、わが国内における終戦に伴う混乱と動揺の異常事態に際し、平和主義及び民主主義の健全な育成発達を阻害すべき違法な団体を除去することを目的としたのであるから、緊急な公共の福祉のために発動されるものであることは明らかである。しかも、これが調査手続の一環として国民個人に間接強制をもつて出頭を要求することは、国民個人がこの義務を容認して出頭に応ずれば、敢えてそれ以上に不利益を与えるものではなく、国民個人の基本的人権に対ししかく重大な制約を課するものではないので、本件調査手続の目的を達成するための必要最少限の制約に止まるものというべきであり、正当な理由なくして出頭しない者に対する処罰は、本件調査手続外のことであつて、専ら刑事手続をもつて行われることであるから、本件調査手続の出頭要求は、憲法第三十一条に抵触する余地がないものといわなければならない。

第二、次いで原判決は刑事訴訟法第百九十八条第一項に規定する被疑者の出頭拒否権について、「この被疑者の出頭拒否権が認められてこそ始めて、何人も裁判官の発する令状によらなければ逮捕されることのない右憲法上の権利はその十全なるを期し得るのであつて被疑者に右拒否権を認めることは、憲法第三十三条の法意にも照らし、憲法第三十一条の要請に応えて設定された刑事訴訟法当然の使命でもあるから、事苟くも、犯罪の嫌疑で刑事責任を追求する上においては、各被疑者の出頭拒否権は、憲法第三十一条、第三十三条により保障された権利であると言わなければならない」と説示しているが、原判決のかかる判断は、刑事訴訟法第百九十八条第一項との関係につき、憲法第三十一条及び第三十三条の解釈適用を誤つたものである。

勿論、憲法第三十一条乃至第四十条の各規定の趣旨が、刑事手続における個人の基本的人権の侵害を防止するために保障を与えるものであることは、異論のないところであると同時に、刑事訴訟法第百九十八条第一項但書が被疑者の出頭拒否権を定めていることも明白である。しかし、これらの内容を仔細に検討すれば、先ず憲法第三十一条の趣旨は刑事手続において個人の生命若しくは自由の侵害又はその他の刑罰を科することについて、正当な法定の手続を必要とすることに在るのであるから、刑事手続において被疑者に出頭を要求することにつき、正当な法定の手続が定められているか否かが問題となるのであつて、如何なる法定の手続を定めても、被疑者の出頭拒否権はこれを絶対に制限することが出来ないとする法理は存しないのである。又憲法第三十三条は刑事手続において被疑者の逮捕には裁判官の令状を必要とする趣旨を規定したものであるから、逮捕すなわち個人の身体に直接拘束を加える場合でなければ、その適用がない訳である。

他面、刑事訴訟法第百九十八条第一項は、その本文において、先ず捜査機関が被疑者に対して出頭を要求し得る権限を定めた上、その但書において被疑者の意思に基く出頭拒否の自由を認めたものであつて、何等被疑者の身体に直接拘束を加えることを認めたものではないから、この規定が憲法第三十三条に抵触するか否かの問題を生ずる余地はないとしなければならない。又若し、捜査機関が被疑者をみだりに裁判官の令状なくして逮捕したならば、刑事訴訟法第百九十八条の違反ではなく、同法第百九十九条以下の規定に違反するものであり、延いはて具体的な案件として憲法第三十一条及び第三十三条違反が問題となるのであるから、刑事訴訟法第百九十八条第一項自体が憲法第三十三条の法意の顕現であるとする理由はないのである。尤も、刑事訴訟法第百九十八条第一項の規定が正当な法定の手続を定めたものであるという点については、憲法第三十一条に適合するものであつて、この意味では同条による保障を受けるものと解されるのであるが、この被疑者の出頭拒否権は必ずしも実質的に強い保障となるものではなく単に裁判官の発する令状による逮捕の前段階であるに過ぎないのであつて、正当な理由がなく出頭を拒否した被疑者に対しては、直ちに刑事訴訟法第百九十九条以下によつて直接強制による捜査手続が定められているのである。かような次第で、仮に刑事訴訟法を改正して、裁判官の令状による被疑者に対する逮捕手続の外に、例えば裁判官の令状による等一定の条件の下に被疑者に対する召喚手続を設け、これに手続上の間接強制を定めることも決して不可能ではないのであつて、かような召喚手続によつて被疑者の出頭拒否権をさらに制限したとしても、これをもつて正当な法定手続ではないとして憲法第三十一条抵触が問題とされる虞れはないのであるから、被疑者の出頭拒否権は憲法第三十三条と不可分の関係に立つ憲法上の権利ではないのであり、「犯罪容疑者の自由剥奪は、刑事訴訟法の明定する逮捕、勾引、勾留に限定され」なければならないとする憲法上の要請は毫も在しないこのといわなけれどならない。

よつて、刑事訴訟法第百九十八条第一項に規定された被疑者の出頭拒否権は、これを専ら刑事訴訟法が定めた手続上の権利と認めるべきであつて、積極的に憲法第三十一条又は第三十三条によつて保障された憲法上の権利であるとまで主張する合理的な理由はないのである。

なお、原判決は第一審判決が「被疑者」なる刑事手続上の用語に代えてその内容の必ずしも明確でない「犯罪容疑者」なる用語を使用している判示部分を引用し、これを正当なりとしているのであるが、若しこの用語が暗に行政調査の客体を含む趣旨で用いられたものとするならば、それは刑事手続に関する憲法の規定をみだりに行政調査に拡張して適用する誤謬を犯したものであるといわなければならない。

第三、かくて原判決は、「当該法規上、その名において行政調査のための出頭要求の如く見えて、実は専らその要求を受けた者の犯罪事実の有無の究明のためにする出頭要求であるにもかかわらず、これが要求に応じない故をもつて刑罰に処するが如きは到底これを容認し得ないところである。すなわち若しこれを認めるにおいては、捜査機関は、何時でも単なるこれが不出頭罪の令状によつてその者を逮捕し、ひいては本来の被疑事実について強制捜査を為し得ることとなり、その実質において、恰も本来の被疑事実について、いまだ、裁判官の令状を求めるに足りる犯罪の証拠なきにかかわらず、これが事実につき、令状なくして逮捕したると同様の結果を招来するに帰し、斯くては、刑事訴訟法第百九十八条ないしその母体たる憲法第三十三条、第三十一条の保障する被疑者の出頭拒否の権利は全く有名無実となり終り、その違憲たるやまことに明らかである。」と判示し、団規令第十条第三項による出頭要求が「専ら同令所定の犯罪事実の有無の究明に存する」犯罪捜査手続であることを再論した上、「同令第十三条第三号により右出頭要求に応じない者につき十年以下の懲役又は禁錮若しくは七万五千円以下の罰金に処する旨を定め、右不出頭罪の所為につき重刑をもつて臨んでいる」点を指摘し、右の罰則規定を違憲なりと判断しているのである。しかしながら、原判決のかかる論断が、その前提において誤つたものであることは既に詳述したところであるが、さらに以下論述する理由によつても誤判であることは明瞭であると思料する。

(一) 原判決はここにおいても団規令第十条第三項による出頭要求が専ら犯罪事実の究明のためのものであると再説しているが、その見解は右の出頭要求を含む本件調査手続に対する原判決の誤解を集約的に表現しているものといわなければならない。

すなわち、原判決は右出頭要求について、「その要求目的たる調査の内容が、その実同政令第九条の規定する事項を除き、専ら同政令所定の犯罪事実の有無の究明に存することは、」と判示し、次で団規令第十三条第三号の罰則につき、「この罰則規定が、出頭要求の調査目的において、専らその要求された者の同政令所定の犯罪事実の有無の究明に関するものであるかぎり、」と説示し、ここに始めて原判決がこれまで使用して来た「調査の対象」なる用語に代えて「調査の目的」なる用語を使用するに至つたのであるが、右引用の判示部分によつても明らかなとおり、原判決は「調査の目的」と「調査の内容」とを混同し、両者が同一であるとする見解を明示しているのである。しかし、原判決のかかる見解が如何に行政調査手続の行政目的を没却し、右手続の本質を誤解したものであるかは、最早再説するを要しないところであろう。

しかして、一船に間接強制による行政調査手続において、その「調査の対象」が刑罰に処せられる個人の犯罪事実の有無の究明である場合であつても、その個人に対して間接強制により出頭を要求することの合憲性については、今日まで立法解釈を始め行政解釈及び通説が一致して承認しているところであり、これに反する裁判例は原判決以外にはこれを発見し得ないのである。

右に関連して名古屋高等裁判所が昭和二十六年六月十四日物価統制令並びに法人税法違反被告事件につき言渡した判決が次の如く判示していることは、参考に資せられるべきところである。すなわち、「一般に刑事事件とは、刑罰を目的として進行する一連の行為の対象を指称するものであるから、憲法第三十八条第一項も亦この通念に従い、当該供述のなされる段階が自己又は第三者に対する刑罰を目的として進行していることを必要とするものと解すべきである。翻つて法人税法を看るに、同法第四十八条以下の規定は納税義務者の一定の行為不行為に対し、刑罰をもつて臨んでいるが、同法全体を通看すると其の目的とするところは徴税にあつて処罰ではない」としているのである。

(二) 原判決は行政機関と捜査機関とを混同し、漫然両者を同一体の如く誤解している許りでなく、団規令第十三条第三号の罰則の法定刑が重いことを指摘し、これを違憲の理由に加えているのは失当である。

広く各行政機関がそれぞれの職責を遂行するため相互に協力し合い、その活動が交錯又は重複する場合が生ずることは当然のことであるが、捜査機関でない他の行政機関が、その職責を逸脱して捜査機関の権限を行使することは許されないのであつて、法は如何なる機関が捜査機関、すなわち刑事訴追を目的として犯罪事実の有無の究明をすべき機関であるかを厳格に定め、捜査機関のみがその権限として犯罪捜査手続を実施し得るものとしているのである。

然るに、団規令第十条第三項による出頭要求を行う者は、行政機関たる法務総裁であつて、同令第十三条第三号の罰則に係る犯罪事実の有無を究明する者は、法務総裁ではなくして捜査機関であり、右の不出頭罪につき逮捕の令状を請求し、これを執行するのは捜査機関がその職権に基いて行うものであるのみならず、逮捕の令状を発布するのは裁判官がその権限に従つてこれを行う建前となつているのである。されば行政機関たる法務総裁が不出頭罪の捜査を行い、その捜査のため逮捕状を請求し、これを執行するものではないことは明らかであるが、仮りに捜査機関において法務総裁の行政調査の範囲に含まれている犯罪事実を捜査するため、不出頭罪による逮捕を利用するようなことを行うとすれば、かかる逮捕状の請求自体が濫用なのであつて、かような濫用が認められる限り、逮捕状の発出は当然裁判官によつて拒否されなければならないのである。しかも、本件の第一審における事実審理の結果に徴しても、捜査機関が本件被告人に対する逮捕につき、右に述べた如き濫用を敢えてしたような事実は、その形跡すらなかつたことを想起すべきではなかろうか。

換言すれば、これらの行政機関、捜査機関及び裁判機関三者の間においては、その権限は明確に区別され、各機関の権限は相互の抑制と均衡を保つて、行過ぎや濫用がないように仕組まれているのであつて、原判決がかか正常な法律関係を前提とせず、漫然行政機関と捜査機関を混同したり、これらの機関の権限濫用を予定し、これを違憲論を構成する立論の根拠としているのは、絶対に承服し難いところである。

又、原判決は団規令第十三条第三号の罰則の法定刑が「重刑」であることを指摘しているのであるが、かかる法定刑が制定されたのは、国家の立法政策が本件行政調査制度を重視し、これが調査の客体となるべき者の一部には、さきにも指摘したとおり、武装革命の如き集団的な暴力主義的行為を目的又は行為とする違憲団体におけるが如く、民主的な国家社会の基本秩序を暴力によつて打倒するため、敢えて法令の権威を無視し、これに反抗しようとするものすら存在することが予想されるため、かくの如き者に対してもなお同令による行政調査権の行使を確保しようとしたものに外ならないのである。固より、この法定刑は一律に裁量の余地がない重い刑罰を法定したものではなく、その体刑については長期と短期の間極めて広い量刑の範囲を認めているのみならず、情状により罰金刑を選択し得ることとされているのであるから、右の法定刑が憲法第三十六条にいう「残虐な刑罰」ではないことはいうまでもないところであるが、さらに、右に述べた如き民主的国家社会の基本秩序を暴力によつて打倒せんとする者に対しても、行政調査権の行使を確保するため、敢えて厳重な科刑をもつて臨む必要の存したことに想を致すことなく、単にこの法定刑を他の刑罰法令のそれと比較して重いものとし、これをもつて団規令第十条第三項及び同令第十三条第三号に規定する出頭要求に関する罰則が違憲であるとする理由に数えることは、余りにも皮相且つ失当の見解であるといわざるを得ないのである。

(三) なお、原判決が本件調査手続に対する判断を裏附けるものとして、本件第一審の事実審理の結果につき、「被告人に対する本件出頭要求にかかる調査の目的が、被告人の右政令第二条第七号、第三条違反の罪及び第六条第二号違反の罪等の専ら被告人の犯罪事実の有無の究明のためであつたことは、原審も認定しているとおり、本件記録ないしは証拠によりまことに明白である」と説示しているのは、第一審判決の事実誤認を漫然承継したものと難ぜさるを得ないのである。

第一審判決は本件事実の認定において、本件調査権が発動されたのは、特別審査局が入手した各種情報を当時の具体的な治安情勢との関連において検討した結果被告人等を含む日本共産党の元中央委員その他の者によつて武装革命方針を採る違法団体が結成された客観的な疑を深め、これが実態を究明するためであり、その目的はかかる団体に対して解散等の行政措置を実施するに在つたことが十分立証されているにも拘わらず、右調査がその一環として被告人等の団規令第二条第七号、第三条及び第六条第二号に違反する事実の有無に亘るものであつたことのみに捉われた結果、右調査が前述の如き団体を対象としたものであつて、その目的は解散等の行政措置に在つたことを否定し、専ら個人の犯罪事実のみを対象としたものと誤解したものであることは、検察官の控訴の趣意において詳細これを解明したところであるが、原判決がいささかも右控訴の趣意に対する判断を示すことなく、第一審判決の事実誤認をそのまま承継し、これを採用していることは独断の誹を免れないであろう。

本件第一審の事実審理において、証人吉河光貞は日本共産党中央部が昭和二十五年一月のコミンフオルムの批判を契機としていわゆる平和革命方式ではなく、武装革命方式を採ることをいよいよ積極化するに至つた疑いが認められたことを始め、同党中央部が、コミンフオルムや中国共産党の機関紙人民日報の勧告の趣旨に沿つて武装革命方式に基く運動方針の策定に着手した疑があつたこと及び同党中央部にはコミンフオルムの批判や運動方針草案を繞て分派的な対立が発生するきざしがあつたところ、同年五月三日の憲法記念日には連合国軍最高司令官の声明が発せられ、同党非法化の問題が提起されると共に、同年六月六日には右最高司令官の指令によつて同党中央委員全員が公職から追放されたのみならず、同月二十五日には朝鮮事変が勃発し、同党を繞る内外情勢が重大な段階に立ち至つたこと、かかる情勢に当面して同党中央部は追放された右中央委員を含めて、同党従来の活動を一層熾烈化するため活発な組織的行動に出る虞れが認められたことを詳細に証言しているのであつて、この証言によつても前に述べた本件調査の対象となつた違法団体結成の事実が単なる主観的な臆測ではなくして、客観的に根拠ある疑いであつたことが立証されるのである。

又証人吉橋敏雄が右の事実審理において検察官の発問に対する答として「当時の特審局としては、法務府設置法にあるように、団体の登録とか結成の禁止、解散というようにどこまでも行政措置が主管事務になつて居りました。従つて今回の調査もその行政目的のために調べを進めて行く、その上において告発に熟したものはやるというのが答であります。例えば特審局になつてから二百四十件ばかり団体を解散しておりますが、告発手続をとつたのは八、九件でありまして左様な点から申しましても行政措置をするための調査であります。」(記録第八百五十丁末行及至第八百五十一丁参照)と述べているのは特別審査局による本件調査制度運用の実績が、そも如何なるものであるかを立証するものであつて、これこそ本件調査手続が団体の解散措置の実施を目的とする行政調査手続であることを客観的に裏附けるものと、いわなければならない。

以上論述したところを綜合すれば、原判決は団規令第十条に規定する調査制度に対する解釈を誤ると共に、刑事訴訟法第百九十八条第一項のと関係につき、憲法第三十一条及び第三十三条の解釈適用を誤り、これを前提として団規令所定の出頭要求に関する罰則が本来憲法の各条規に照し合憲であるにも拘わらず、右罰則を憲法第三十一条及び第三十三条に抵触するものと誤断し、有罪を認定すべき事案に対し免訴の裁判を言渡すに至つたものであつて、法令の合憲制に関する憲法の解釈に誤があることが明白であり、刑事訴訟法第四百五条第一号の事由に該当するものであるから、破棄を免れないものと思料する。

(昭和三十一年十二月十日附)  以上

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